50万打記念企画 | ナノ
河村の場合


河村隆が店の扉を引くと、いつものように先に仕込みを開始していた父親から威勢のよい声が飛んできた。

「おう隆、帰ったな!手ぇ洗ってこい」
「うん、ただいま」

ぴしゃりと扉を閉めて、店の奥にある居住スペースへ向かう。カウンターの前を通ると父親はスンと鼻を鳴らした。

「なんでえ、チョコの香りが……おっ、もしかしてコレか?」

父親はにやりと笑って小指を立てて見せた。

「違うよ、優ちゃんから」

「いよっモテるねえ、この前優ちゃん見たらえらいベッピンになって」

彼は苦笑した。幼馴染みの夏目優は毎年当たり前のように義理チョコをくれる。本当に恋人であればどれほどよいことだろうと思うが、自分がそれほどモテないことも重々承知している。身長こそ高いが不二のようにすらっとしたモデルみたいな体つきをしているわけでもなく、むしろ正反対にガッチリしている。ラケットを持つと暑苦しくなる性格も災いし、全くモテない。だから、たとえ義理チョコでももらえるだけ有難い。彼はここ数年、そう思うことにしていた。


***


今日は閉店する40分ほど前になって、優の一家がかわむらすしにやって来た。夏目一家は昔からの常連客で、彼らは優も含め我が家のようにくつろいだ様子で寿司を食べる。板前の父親も修行中の隆も慣れた様子で、ときどき冗談を飛ばしながら寿司を握る。彼らはいつものように寿司を食べ終わり、勘定を終えて店から去る。

異変が起きたのはその約5分後、客も全ていなくなり店を仕舞う準備をしていたときのことだ。父親は裏手に回り、彼は一人でカウンターを掃除していた。突然、扉がガラリと開く。

「あっお客さん、今日はもう――」
「忘れ物しちゃった」

入ってきたのは優だった。彼らが座っていたテーブルを見ると、そこには確かに彼女のマフラーがちょこんと隠れるようにして残っていた。

「ああ、ほんとだ。はい」
「ありがと。ねえ」

拾い上げて渡すと、優は身を乗り出してきた。ずいぶん真剣な顔だ。隆が首をかしげると彼女は勢いよく言った。

「チョコレート、見てくれた?」
「あ……ごめん、まだ見てないんだ」
「今すぐ見て」

せっぱ詰まったというか、いつもよりも強い口調に彼は困惑する。彼女を連れて店の奥に行き、すぐ近くの棚に置いておいたチョコレートの包みを手に取る。それは光沢のある赤い包み紙で、きっと彼女が自ら包装したものなのだろうが見事なもので売り物のように綺麗にラッピングされている。彼は毎年、彼女にチョコをもらうと包装を剥がすのがもったいないなあ、と思ってしまう。しばらく眺めて楽しんだ後は食べる楽しみに負けて、結局は剥がしてしまうのだが。毎年のように丁寧に包みを開けて、出てきた箱の蓋を取る。

隆は絶句した。

あわてて彼女の顔を見ると、少しふてくされたような表情で彼の顔を見ていた。そのくせ消え入りそうな声で言う。

「返事は?」

彼は頭を掻いて、視線を斜め上に移動させた。自分の身に起きていることがイマイチ信じられないのと照れくさいので目が合わせられない。

「うん」

ちょっとどもりながら、しかしはっきりと一言、彼は承諾の言葉を述べた。

(20120216)

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