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海堂の場合


青春学園の校内には猫がいる。特に悪さをするわけでもなく広い敷地の隅っこでつつましく暮らす彼らのことを知る生徒はそう多くない。海堂薫はそんな数少ない生徒のひとりだった。彼らを発見したのは偶然のこと。敷地をランニングしているときたまたま仔猫の声を耳にし、茂みをかき分けて進んでみれば猫のたまり場があったという具合だ。そこにはめったに人がおらず、代わりに人に慣れた猫がいつも何匹いた。

初めてその場所を見つけたとき、彼はきつめの表情を変えぬまま内心歓喜した。海堂薫は無類の動物好きである。だが人前で小動物と戯れるのは気恥ずかしい。動物好きな性格と自分の強面な外見にギャップがあることは十分承知している。だから彼は人前ではめったに動物が好きであることを表さなかった。しかしここならば人目もなく思う存分猫に構うことができる。大変都合がいい。

彼はその日も猫缶をポケットに忍ばせてそこへ向かった。草木と壁に囲まれた秘密の場所へ。ところがいつものように大股で歩いていた彼は、あと少しで到着するというところで歩みを緩めた。誰かの声がする。しかも目的地の方から。
間違いない。まさか自分の他にも人が来るとは。彼は立ちどまってためらった。人前で猫と遊ぶ気はしない。猫缶は今日与えなくとも問題はない。仕方がない、今日は諦めて帰ろうか。
踵を反そうとした瞬間、海堂は自分の名が呼ばれるのを聞いた。

「ねえ、どう思う?海堂くんのこと」

もう一人誰かいるのか。そもそも何の話だ。彼は声につられて、音を立てぬよう茂みに近づいて中を覗きこんだ。女子がこちらに背を向けてしゃがんでいる。見たことがある気がする。彼女は白猫を撫でているようで、彼女の陰から白いしっぽがひょこひょこと揺れて見えていた。彼女は猫に話しかけたらしい。

「にゃあ、にゃあ。よしよしいい子だね。上手くいくかなあ、今日は来るのかなあ」

そう独りごちる。白猫は突然しっぽをパタリと止めて、こちらに向かってにゃあにゃあ鳴き始めた。彼女はさっと振り向いて海堂とばっちり目を合わせた。とっさに隠れ損ねた海堂は微妙な顔で彼女を見、彼女はあっけにとられて海堂を見た。
その女子は同じクラスの夏目優だった。彼女はぎゅっと白猫を抱き締めて立ち上がった。

「や、やあ海堂くん」
「……」

海堂は固まって返事をしない。彼女はうろうろと視線をさ迷わせて、慌てて話しかけた。

「ごめん邪魔しちゃったね、海堂くんいつもここに来てるのにね」
「!」

彼は思わずギロッと彼女を睨み、フシューと息を吐いた。いつものくせで咄嗟に威嚇のような行動をとってしまう。少しのけぞった彼女を見てしまったと思ったが、にゃーんと白猫が平和に鳴いたお陰で空気が和んだ。

「ごめん、私もう行くね!はいこれ」
「お、おい」
「いやがらないでくれると嬉しい」
「は」

彼女は白猫を海堂に押し付けるとバタバタと走り去った。

「なんだったんだ、一体……」

彼は思わずつぶやく。何故ここへ来ていたのか。自分と同じ猫好きなのか。だがそれでも何故俺がここへ毎日来ることを知っているのか。知っているということは……自分が猫と遊んでいるところを見られていたということか。「嫌がらないで」とはどういう意味だ。俺がここに来ることを知っていたならば猫が好きだと分かっているはずなのに。

途方にくれた彼はなんとなく腕の中で大人しくしている白猫を見下ろして、あっけにとられた。猫に気をとられて気がつかなかったが、いつの間にか手に小さな紙袋を持っていた。猫と一緒に渡されたらしい。
白猫を地面におろして紙袋の中を見ると、猫缶とラッピングされた包み紙が出てきた。

ぽかんとしていた彼は、紙袋についたメッセージカードに気がついて少し頬を赤らめた。「嫌がらないで」とは、そういうことか。


"Happy Valentain's Day! 夏目"


(20120213)

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