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乾の場合


こういうの何て言うんだっけ。唐突にワープをして同じシチュエーションの過去に行ってしまったのか、それともこのシーンが来ることを既に予知していたかのような。違う、やっぱり似たような体験をしたことがあるんだ。そうだ、デジャビュだ。これはつまり、既視感。

「夏目が既視感に戸惑っている確率、71%」
「うん、分かってるじゃない」

思い出した。初めて乾と話をした次の日。偶然同じクラスになり隣の席になりその縁でちょっと話をしただけの私に、彼は『アレ』を差し出した。

「ねえ」
「俺が初めて夏目に乾汁を差し出したときのことを思い出している確率、87%」
「……うん」

あの時に彼が差し出したのは紫色のどろっとした液体だった。長身の彼は眼鏡を光らせ、コップの縁をもって私の目前にソレを持ってきた。それは水面にふつふつと気泡を浮かび上がらせており、おとぎ話に出てくる魔女の鍋みたいな様子に魅せられた。
(何この怪しいブツは)
(乾汁という。俺が開発した。疲労回復に効果がある)
(ふーん)
まさかあんな不味いものだとは思わなかったのだ。せいぜい青汁程度だろうし、私は青汁なら普通に飲めるから大丈夫だろう、と。だってあんなに見た目が悪いのだ、逆に味はすごく美味しいに違いないと思いたいじゃないか。まさか知り合って間もない男子が変なものは勧めてこないだろうとタカをくくっていた面もある。そして始まったばかりの新学期に少々疲れていた私には『疲労回復』がなんとも魅力的に聞こえた。それが、間違いだった。
(う、ま、まずい)
(ふむ、まだ改良が必要か)
いいデータをありがとうとデータを取り始めた彼は鬼に見えた。
(ちょっと!こんなひどい味のもの勧めないでよ)
(それでもだいぶ美味しくなっているはずなのだが)
(え、えええ)
(さすがに試作品第一号を女子に飲ませるのは酷だからな、最初は男子テニス部員に飲んでもらった。これは改良版だ)
彼は至極嬉しそうに語る。女子に対する謎の気遣いを発揮した彼は妙に自信満々に見えた。確かに疲労回復の効果は抜群だったが、いかんせん味が酷すぎた。

「やだよ」
「そう言うな。今回は大丈夫だ。みっちり試飲もしてもらった」
「ホントに?」
「ああ、自分でも飲んでみたしな」

恐る恐る手に取ってみる。色はベージュ。毎回何が入っているんだと恐れつつコップを手にしてしまう私も懲りないものだ。何故か彼に差し出されると飲んでしまう。テニス部員によると、本当に酷い乾汁になると一口飲んだだけでも失神するらしい。だが私は失神したことがない、ということは、一応彼なりに『難易度の低い乾汁』を私にくれているのだろう。その彼なりの気遣いのせいなのか、市販の栄養ドリンクよりもよほどよい効果のせいなのか。受けとらずにいて、残念そうな顔をされるのが嫌だからか。
鼻を近づけて慎重に臭いをかぐ。甘い香りがする。

「美味しそうだろう」
「うん、珍しい。バニラエッセンスとか香料を大量に放り込んで香りだけごまかしてるんじゃ」
「さすがにそこまではしていない」

私は意を決した。ガラスのコップに口を付ける。ゆっくりとコップを傾けると、目の前のガラスの縁越しに彼がこちらを伺っているのが見えた。とろりとした液体が唇に付く。よ、よし。ここまで来たんだ、ぐずぐずしてても仕方がない。一気に行こう、一気に。
口を開けて思い切りコップを傾ける。甘い香りを鼻腔まで運ぶその液体は私の口内に進入し、舌の上に流れ着き、案の定痛みにも感じるような激烈なまずさ……ではなかった。

「あれ?美味しい」
「だろう?」
「どんな効果があるの」

液体になったクッキーみたいだ。飲み物というよりも流動食に近いが、それは乾汁としてはごく普通のこと。私は遠慮なく液体を飲み干しながら彼に尋ねた。お菓子みたいだ。

「その乾汁には惚れ薬の効果がある」
「ぐっ」
「冗談だ」

乾汁が一瞬喉につまりそうになった。液体なのに。軽く睨むと彼は遠慮なくデータを取っていた。

「本当は美容にいい成分が入っている」

そこまで言われて、私はようやく気がついた。そうだ、この乾汁はお菓子みたいだって自分でも思ったばかりじゃないか。それに美容に効果があるだなんて、普段の彼が作る乾汁とは違う。そんな効果がある汁を作ったってテニス部では大して意味がないはずだ。と、いうことは。

「もしかして、これホワイトデーのお返し?」
「正解。喜んでくれたかな」
「もちろん。分かってるでしょ」

彼は中指で眼鏡のブリッジを押し上げて笑う。


(20120323)
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(わーオチビ、肌つるつるじゃん!)(菊丸先輩もッスっよ……)

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