カモマイルの悪魔 | ナノ


6章「鋭いナイフ」最終話の直前のお話。丸井が潤と跡部が結婚すると勘違いした経緯。




日に焼けた丸井が無遠慮に白岩家のキッチンへ入ってきたのを見て、仁王は暗闇に一筋の光明が差したような気がした。なんせあの大食いで甘いモノに目がない丸井だ。自分の窮地に舞い降りた救世主に違いない。そう強く確信する。

「丸井!旅行から帰ったんか」
「おう。さっそくだけど今日もキッチンを借り――」
「頼む!これをどうにかしてくれ!」
「はあ?なんの話だ」

仁王が深刻そうに突き出した白木の箱を見て、丸井はけげんな顔で目をぱちくりさせた。頭をかしげて立ちすくむ。ところが、箱の上面に印刷された青い紋様と数字に気がついたとたん目の色を変えた。すっ飛んできて引ったくるように仁王から箱を受け取り、息を飲む。

「ってこれ、アトベランドのプリンじゃねえか!しかも最近発売された限定品のプリン!!数量限定でまず手に入らねえってのにどうやって手に入れたんだよ」
「どうやってもなにも。跡部本人がお嬢宛に送ってきた」
「おお、なるほどな。白岩家と繋がりがあって良かったぜ!」
「……即物的やのう」

丸井は仁王に進められるまま椅子に座って箱を慎重に開ける。仁王は力なく笑い、丸井のために使用人用のスプーンを出してやった。

「っつうか俺が食っていいのか?お嬢宛なんだろ」
「これは氷山の一角だ。跡部は加減を知らんらしい、食べきれないなら使用人にやれとかなんとか言って数え切れんくらい贈ってきてな。白岩家にはそもそも使用人なんて数えるほどしかいないというに」

仁王はげんなりとしてキッチンの隅を指した。そこにはいくつかアトベランドのプリンの箱が置かれ、その上には凍った保冷剤がどっさりと乗せられている。いかにも冷蔵庫に入らず仕方なくそこに置いているという様子を見て、丸井はピュウと口笛を吹いた。

「やるねえ。こんだけありゃ仁王も食べ放題じゃん」
「俺は食べたくない」
「もうそんだけ食べたのかよ」
「違う」
「あれ、お前プリン嫌いだっけ」
「いや。だが……、アトベランドのウェイトレスに優しくされた嫌な記憶が甦ってつらい」
「はあ?優しくされたのにつらいってなんだよ」

仁王は口ごもった。1人でレストラン。アトベランドで。そんな事情が事情だけに言いにくい。というか忘れたい。ココロに傷を負いながら食べたアトベプリンは、仁王がモテないことを暴露させられた時に潤から差し出され、更に今回に至っては処理に困るくらい贈られてきた。もはや仁王にとってアトベプリンといえば心の傷であり、トラウマであり、呪いのプリンであった。
頭を抱えはじめた仁王を見て丸井は変な顔をしたが、箱を開けた瞬間目に飛び込んできた鮮やかな黄金色に一瞬で心を奪われた。白木の箱に敷かれた薄青の布の緩衝材、透明でひんやりしたガラスの器、そして滑らかな黄金のカスタード。
丸井は思わず唾を飲み込んでスプーンを握りしめた。

「いただきまーす!……おおっさすが香りはいいな。……うめえ!うめえぜコレ!すげえ、どうなってんだ?この味……くそ、研究してやる」

丸井は一口プリンを食べたかと思うと顔を紅潮させ、叫び、次々とプリンをすくった。
仁王は苦笑しながら紅茶をいれてやった。

「食べられるなら全部食べてくれ。そっちの箱のも」
「むっ……ぐっ、マジで!?」
「ああ。お嬢や社長、使用人総出でプリン三昧をしたんだがもう限界なり。もらいもんを人にあげるわけにもいかなくてな」
「んじゃ遠慮なく。しっかし跡部のやつ相変わらずだな、普通ここまでするか?あ、跡部は普通じゃねえか」
「跡部が普通じゃないというのもあるが」

仁王は幸せそうな丸井をよそに深々とため息をついた。跡部から次々に花が届くのはまだいい。お嬢や河西、幸村をはじめ白岩家の者はみな花が好きだし、なにより花は萎れて土に帰ってくれる。そういう運命のものだ。
だが食べ物は違う。腐れば土に帰るだろうが、食べ物を無駄にして平気であるほど白岩家は成金趣味ではない。つまり、大量の食べ物が送られてくるとこの通りてんやわんやになる。
跡部は白岩家に使用人が3人しかいないことを知っているはずなのに、贈り物をするときは忘れているらしい。つい大勢使用人がいるのが当たり前だと思ってしまって気がまわらないのだろう、と仁王は思った。

「跡部はお嬢に本気なようだ。本気だからこそお嬢のためになんでもしたいと思うんだろ」
「へえ、ついにお嬢に春が来たのか!そいつはめでたいな」
「春が来た、なあ。そこはなんともいえんぜよ……たぶんな」

仁王は頬杖をついて、目の前で次々にプリンの入れ物を空けていく丸井を眺めた。丸井はいつの間にか大学ノートを取り出して、雑な字で何やら熱心に書き記している。プリンを一口、急いでメモをしてまた一口と、せわしない。

「なんだよ、曖昧な返事だな」
「仕方なか、俺にもよくわからんぜよ。あー……さっきウエイトレスに優しくされた嫌な記憶がどうのって言ったじゃろ。あれに関係するんだが」
「おう」

仁王は手短にアトベランドでのと出来事を話した。もちろん幸村に依頼されて監視したことや写真を撮ったことは内緒だ。「偶然」居合わせて「偶然」二人のデートを目撃しただけだ。

「というわけだ。ランドでは跡部はお嬢を抱き寄せていたし、お嬢はお嬢で跡部に寄り添っていた」
「単なるバカップルじゃねえか」
「とも言えん気がしてな。お嬢は跡部に興味がある風ではあったが、ベタベタしている割に甘い空気はなかったように思える」

丸井はプリンの香りを嗅いだかと思えば舌先に乗せてゆっくり味わい、かと思えばごくりと飲み込んで喉ごしを確かめている。仁王の言葉に返事はするものの、忙しさのあまり仁王の方を見ることはなかった。

「その一方で、お嬢は跡部に惹かれはじめているようにも見える。少なくとも気に入ってはいるぜよ」
「へえ、ほう」
「単に両思い直前なのか違うのか……ともあれ白岩社長はお嬢と跡部に期待している。社長にはあの二人のことをやたら聞かれてな。どうやら結婚してほしいとまで思っているようだ」
「ほんとか?それ」
「ああ。だがどうなるかな。お嬢もまんざらではないのかもしれんが、やはりやつらの関係はよくわからん」
「なるほど、そうだったのか」
「大変だったぜよ。跡部は次々ものを贈ってくるし、社長はそわそわしてるし」
「やっぱりミルクの質だよな!」
「は?」

仁王はぽかんとしたが、そんな仁王を尻目に丸井は満面の笑みを浮かべた。そして食べかけのプリンを掲げて嬉々として語る。

「さすが跡部財閥だぜ。きっと最高品質のミルクを手にいれているはずだ、この味!」
「……おまん、俺の話、聞いとったか?」
「聞いてたぜ?ジャッカルが」
「んなわけあるか!」

仁王は突っ込んで脱力したが、丸井は上機嫌に屈託なく笑った。

「うそうそ、聞いてたって。とりあえず社長は結婚に賛成なんだろ?ならいいんじゃねえの」
「まあ、そうなんだが」

にこにこと笑顔でノートを鞄にしまう丸井に仁王は一抹の不安を覚えた。本当に、話はまともに伝わっているのだろうか。

「で?どうしてなんだよ」
「何がじゃ」
「仁王がアトベランドに1人でいた理由。約束すっぽかされでもしたのか?それとも傷心旅行?」
「あ」

丸井はいつの間にか笑みを消して、可哀想なものをみるような目付きになっている。慰めてくれようとしているらしい。
仁王はやけくそになって、目の前に積み上がったプリンを口に流し込んだ。



20150504

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