カモマイルの悪魔 | ナノ


跡部に手を引かれてリムジンを降りた潤は、外の光のまぶしさに目を細めた。そして瞠目する。そこは既にアトベランドの敷地内だった。
目の前にそびえるアイスエンパイア城、その麓に広がるロイヤルブルーレイク。透明度の高い湖を大きな遊覧船が横切り、道行く人々はパンフレット片手にはしゃぎ回っている。快晴の青空にコバルトブルーの東京湾。
潤は驚嘆のため息をついた。

「わあ、綺麗!」
「潤、みてみてあれ!すごい!」
「うん!」

樺地におろしてもらった美波は相変わらず緊張していたが、アトベランドを見たとたんワクワクした顔になった。
潤は楽しげな美波の様子にほっとして跡部を見上げた。跡部も満足そうな笑顔で、心なしか嬉しそうな樺地と美波を見やった。そして側に控える燕尾服の執事からおもむろに光る何かを受け取った。

「樺地、高原にこれを付けてやれ。潤、腕を出せ」
「? はい」

左の手首に冷たく硬質な感触が巻き付く。見れば跡部の手によって銀色の細い腕輪がはめられていた。アトベランドのキャラクター達が彫り込まれたそれは、朝日にきらきらと輝いて見えた。

「これは?」
「潤、これプラチナパスだよ!腕輪型だって聞いた!」
「その通りだ。よく知っていたな、高原。それを腕に巻いていればアトラクションにも優先的に乗ることができる」
「これが……すごい!ありがとうございます!」

美波がテンション高く手を挙げた。ずいぶん緊張もほぐれているようだ。

「はいはーい!まずはどのアトラクションに行くんですか?」
「お前らで決めていいぜ」
「ほんとですか、じゃあ……美波、どこにしよう?」
「そりゃあ最初はアレでしょ!」
「ああ、アレ?いいね!」
「アーン?どれのことだ?」

潤と美波は満面の笑みを浮かべて顔を見合わせた。最初はハイテンションでスリリングなアレしかない。トロッコに乗ってびゅんびゅん飛び回るアレだ。

「ビッグファイヤーマウンテン!」
「ビッグファイヤーマウンテン!」
「ククッ、楽しそうだな。それでいいぜ。なあ樺地?」
「ウス」

返事を聞くや否や、潤はテンションがあがりすぎてさっそくビッグファイヤーマウンテンへと踵を返した。が、一歩踏み出す前に腕を捕まれぐいっと引っ張られる。
跡部は潤を引き寄せると笑みを浮かべて樺地と美波に宣言した。

「こいつは俺のものだ。だから俺様が案内するぜ。おい樺地、高原は頼んだぞ」
「わかり……ました」
「キャー跡部先輩すてきー」
「おい」

適当に合いの手を入れると跡部にぐるっと体を回されて、樺地と美波から見えないように小声で囁かれた。跡部の眉間には皺が寄っている。

「なんだその棒読みは!もうちょっと情熱的に俺様を讃えられねえのか」
「どこが棒読みなんですか見事な演技ですよ!とても情熱的です」
「それが演技なら大根役者もいいところだ!せめて黄色い声くらい出せ!」
「ちゃんとキャーキャー言いましたよ!」
「アーン!?どこが黄色いんだ、せいぜい茶色い声じゃねえか!」
「茶色ってひどい、せめて緑色の声って言って下さいよ!だいだい黄色い声ってどうやって出すんですか!」
「俺様に鳴き方が分かるわけねえだろ!……フッ、雌猫の鳴かせ方は知っているがな」
「なんですかソレ……」

なぜか得意げな顔で髪をかき上げる跡部の横で、潤は半眼になった。ときどき意味不明なタイミングでナルシストが入る。ある意味、天然である。

「え、ちょっと、潤!潤ってば」
「へ?なに、どうしたの」

いつの間にか美波が焦ったように呼んでいる。ハッとして振り返ると美波は涙目になっていた。

「どうしたのじゃないわよ!あんた跡部先輩と二人っきりになりたいって言ってたけどいくらなんでも早すぎない?心の準備が」
「行動は一緒だから、ね、お願い!よろしくね」
「あ、ちょっと!」

潤は悦に入っている跡部を引っ張って歩き出した。目指すはビッグファイヤーマウンテン。樺地と美波は、まあどうにかなるだろう。


***


跡部が喉を震わせて笑っている。潤がじろりと睨みつけると跡部は我慢できなくなったらしく声を上げて爆笑し始めた。

「……跡部先輩」
「ククッ」
「跡部先輩」
「クックック……ハーッハッハッハ!」
「跡部先輩!ひどい、笑わないって言ったじゃないですか!」
「言ったが……ハッハッハッハ!」

ふてくされた潤はボスッと跡部の背中にパンチをくれた。だが当の跡部は腹を抱えて笑うばかりでお話にならない。
潤は跡部が手にしている記念写真をうらめしげに見た。全ての敗因はコレである。ビッグファイヤーマウンテンに乗っている最中に高速撮影された記念写真を、降りた後にサービスでもらったのだ。そこに写っていた潤はなぜか半分白目で、しかも風圧で顔がひっぱられて素で変顔になっていた。潤はキメ顔で写真に写りたがる性格ではなかったが、コレはさすがにちょっと傷つく。

「しょうがないじゃないですかジェットコースターに乗ってるんだから!跡部先輩なんて大嫌い」
「ククク、そう怒るな」
「怒りますよ!もう、笑いたいだけ笑って」

ぷいっと潤がそっぽを向くと、跡部はニヤニヤしながら潤のほっぺたを摘んだ。

「この顔、好きだぜ?」
「いまさら取り繕っても遅いです」
「信じられねえか、アーン?パーティーの時のような作り笑いよりはるかに可愛いと思うがな」
「そりゃ、私だっていつもあんな顔してるわけじゃ」

潤は恥ずかしさでいっぱいになって、跡部の手から記念写真を奪い返した。自分の変顔に衝撃を受けすぎて、ろくに写真を確認していなかった。

「あのー、跡部先輩」
「なんだ」
「なんでばっちりカメラ目線なんですか」

よくよく見れば、潤の隣に座っている跡部は、急降下中のトロッコに乗っているにもかかわらず完璧にカメラをとらえ完璧にかっこつけたキメ顔をしていた。トロッコは高速で動いているからさすがに髪型は乱れているが、潤と違って顔は完璧に普段通りである。
潤はツッコミを入れたつもりだったが、跡部は当たり前だと言わんばかりに答えた。

「俺様はここのオーナーだ。記念撮影のカメラの位置なんざ把握してる」
「……把握しててもジェットコースターに乗りながらカメラ目線になる人なんて他にいないかと」
「フ、大したことじゃない。そう誉めるな」
「……。あ」

潤は跡部にだけ見えるようにこっそり指さした。楽しすぎてさっそく忘樺地と美波のことを放りっぱなしにしていた。だが潤と跡部から少し離れたところにいた二人は、肩を寄せ合って楽しそうに記念写真を眺めている。

「おおっいい感じになってる!」
「樺地のやつ、なかなかいい表情してるじゃねえか。アーン?」

跡部と潤がひそひそしながら二人を眺めていると、それに気が付いた美波が顔を真っ赤にしてすっ飛んで来た。

「ちょ、ちょっと潤!」
「なーにー?」
「なーにーじゃないわよ!なんでニヤニヤしてんの」
「別にー?」
「潤、あんたね」
「まあまあ、いいじゃない。で、次は何に乗る?」
「え、あ、うーん……あの、樺地先輩はどういうのが好きなんですか?」

美波が話しかけると、少し顔をほころばせて樺地はぼそぼそと何かを話している。潤と跡部は顔を見合わせてついニヤニヤと笑った。作戦は成功ということでいいらしい。

「じゃあ、潤、跡部先輩。次はスプラッシュアドベンチャーでどうですか?」
「私はいいよ」
「それでいい。動きが激しい乗り物は食事前に乗るのがいいだろうしな」
「じゃ、行きましょう跡部先輩!」

潤がさっそく跡部を引っ張ってスプラッシュアトベンチャーに向かおうとすると、跡部は颯爽と歩きながら潤を抱き寄せた。上半身が跡部に密着する形になって、しかし脚は跡部から離そうとした結果、潤は珍妙な姿でぎくしゃくと歩くハメになった。

「アーン?お前、靴擦れでも起こしたのか?」
「? 大丈夫です」
「じゃあなぜ変な歩き方をする」
「ああ、抱き寄せられると歩きにくくて」
「どういうことだ」
「どうもこうも、脚が絡まりそうで怖いんですよ!もう少し離して下さい」
「断る。デート中だぜ?なんとかしろ」
「そんな無茶な……密着して普通に歩いてるカップルいますけど、ああいう風にするにはどうしたらいいんですか?」
「……知らねえな。抱き寄せられて歩いたことなんてねえからな」
「ああ、それはそうですよね」

跡部が女性を抱き寄せることはあっても抱き寄せられて歩くことなどまずないに違いない。潤は意を決して姿勢を正した。そして脚が跡部と絡まらないように歩くことに集中する。
恋人のように寄り添うのも、なかなか難しいことであるらしい。


(20140812)

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