カモマイルの悪魔 | ナノ


せっかくもらったプラチナパスだが、跡部と一緒に行動していると使う機会がなかった。なんせ跡部がいるだけで、係員たちがさりげなく特別扱いしてくれるのだ。まさに顔パス状態だった。
こうしてすんなりとスプラッシュアドベンチャーの特別席へ案内された潤たちは、次々に席へ乗り込んだ。一番乗りでシートに身を沈めた美波は、興奮さめやらぬ顔でにこにこと隣の樺地と話をし始めた。

「顔パスなんて体験できるとは思いませんでした」
「……」
「あ、もしかして跡部先輩だけじゃなくて樺地さんも顔パスなんですか?」
「ウス」

樺地はあまり話さないが、美波には樺地がなにを言わんとしているのかすぐにわかるようだった。潤は二人の後ろの席に乗り込み、こっそり眺めながら内心で感嘆した。樺地が無言でも二人は全く気まずい雰囲気にならない。むしろ二人を取り巻く空気が潤い桃色のオーラが美波からあふれ出ているように見えた。これぞ、愛の力だ。
潤が同意を求めようと隣を顔を向けると、跡部は余裕の表情をしてシートに身を任せていた。その顔を見てふと、潤は不安になった。

「跡部先輩,退屈していませんか?」
「アーン?なぜだ?」

跡部は不可解そうに眉をひそめて潤をのぞき込んだ。そのとたん、ガクッとシートが後ろに押さえつけられるような感覚があって乗り物がゆっくりと動き始めた。潤は後にしようと口をつぐんだが、跡部は「言ってみな」とつけ加える。

「スプラッシュアドベンチャーは最初はゆっくりと進む。だから話をしても大丈夫だ」
「そうなんですか。あの、まさにそれが心配で」
「それ?」

潤は慎重に言葉を選んだ。跡部はアトベランドのオーナーなのだから当たり前だし仕方のないことであるが、どうしても気になってしまう。

「跡部先輩、アトベランドのこと完璧に把握していますよね。だからアトラクションに乗っても新鮮味がなくてつまらないんじゃないかって」
「そんなことはねえ。新鮮味はなくとも、こうしてお前と過ごす時間はいいもんだぜ」

跡部は柔らかく微笑んだ。徐々に乗り物のスピードがあがっていく。
潤は体がシートに押しつけられたふりをして跡部から視線をはずした。顔に血が上りそうだった。真剣に迫られても平気だったのに、優しくされると照れてしまう。
跡部は乗り物のスピードにも屈せずに口を開いた。

「スプラッシュアドベンチャーは長いが緩急のあるコースになっていて飽きさせねえ作りになっている。見てみろ」
「わあ!」

ぐんぐんとスピードをあげた乗り物は大迫力のジオラマの中を駆け回り、まっすぐ進んだかと思うと急に斜めに浮き上がり、そうかと思えば氷の宮殿の中をゆっくりと進む。余裕の表情を浮かべる跡部と樺地の隣で、潤と美波はきゃあきゃあと思いきり騒いだ。
そうこうしているうちに乗り物は上へ上へと登り始める。潤は乗り物のレールの先を見て息を飲んだ。もう少しすると、いきなりレールが曲がって急降下するようになっている。

「え、なにあの角度!?」
「フ、楽しみにしておけ。そう、もう少しだ。あそこから乗り物は45度の角度で降下……あ?」
「え?」

レールが頂点にたどり着く前に、いきなりガクンと音がした。
浮遊感。見る間に周囲の景色は上昇し始め、つまり。
レールが外れて乗り物は真下に落下した。

「なに!?」
「ぎゃああああああ!!」
「きゃああああああああ!」
「!!」

ぎゅっと目をつぶって叫びまくっていると、軽い衝撃が来た。激しい水音がして、乗り物の周りに水の壁ができる。放り出されるように落下した乗り物は水中にダイブし、そのまま何事もなかったかのように再び動き出した。
潤はうっすらと目を開いた。凍り付いたまま、ただドキドキ鳴っている心臓の音を聞いていた。大迫力。


***


「うふふ、ふふ」
「おい」
「すみません……ぷっ」
「うるせえ」

スプラッシュアドベンチャーから降りた潤は記念写真を片手に大爆笑していた。跡部に申し訳ないとは思いつつも笑いは止まらない。風で髪がぼさぼさになった跡部は、そんな潤に口をへの字にして詰め寄っていた。
記念写真は乗り物が落下している最中に撮られたものであるらしい。写真の真ん中に写っている潤はぎゅっと目をつぶって叫んでいるところだった。写りがいいとはいえないが悪くもない。一方の跡部はビッグファイヤーマウンテンでもらった記念写真とは違い、青ざめて驚愕の表情を浮かべ、しかも風圧でほっぺたが上に伸ばされ変顔になっていた。

「……んく、だって跡部先輩、ぷふっ、コースも完璧に把握してたんじゃ」
「い、いつの間にかコースを変更したようだな!やるじゃねーの!」

余裕ぶった発言とは裏腹に、跡部はスプラッシュアドベンチャーの係員をじろりと睨んだ。しかし睨まれた老年の係員は全く気にせずににこにこと爆弾発言を投下した。

「はい、本日は特別コースをご用意させていただきました。跡部会長からのご指示で」
「親父の!?」
「はい。景吾様にもお楽しみいただきたい、とのことです。いかがでしたでしょうか?」

にっこりと微笑んだ係員に跡部は二の句が継げなくなった。
潤は跡部の腕を軽く叩くと、係員に微笑んだ。跡部会長は子煩悩であると耳にしたことがあるが、こんなところでも子煩悩が遺憾なく発揮されたらしい。純粋に息子を驚かせたかったのだろう。

「会長のおかげで、とても楽しめました。こんなにドキドキしたのは久しぶりです!ね、跡部先輩」
「……ああ」
「それは、ようございました」

係員はしたり顔で笑う。
跡部は振り返って美波にしがみつかれている樺地にジェスチャーをすると、無言で潤の肩を抱いてぐいぐいと歩き始めた。

「ちょ、ちょっと跡部先輩。さっきの写真、気にしてるんですか?」
「違え、そろそろランチの時間だ」

そう言うものの、跡部は少しふてくされたような顔をしている。眉間には少し皺がよっていた。
潤は思わずくすっと笑って、むりやり跡部の前に立ちはだかった。

「かっこいいですよ」
「な」
「かっこいいですよ、跡部先輩。仕事はできるしイケメンだし。スポーツも得意で女性の扱いも上手で完璧です。だから、たまにはああいう姿も見せないと女性が寄りつく島がなくなっちゃいますよ」

跡部は目を見開いてじっと潤を見つめた。しばらくするとふっと息を吐くように笑って、跡部は口の端をつり上げた。いつの間にやら乱れた髪はすっかり元通りになっている。

「ハッハッハッハ!それもそうだな。少しくらいはキズを作ってみせねえと、庶民には近づきがたくなっちまうぜ。ファーッハッハッハ!」

跡部は突然上機嫌になると、道のど真ん中で高笑いをはじめた。そして再び潤の肩を抱くと、鼻歌を歌いながらどこかへと歩き始める。
潤は冷や汗をかいた。周りの人からの視線を感じる。誉めすぎたかもしれない。
しかし跡部は一考に気に介さず、アイスエンパイア城を指さした。

「そろそろ鳴るぜ。なあ、樺地?」
「ウス?」
「鳴る、ってなにが鳴るんですか、樺地さん」

美波が首をかしげたと同時に、アトベランドに荘厳な鐘の音が響きわたった。ゴーン、ゴーン、とヨーロッパの教会のような音色だ。金色の鐘が城の塔で揺れているのが遠目に見えた。

「潤!あれ見て!」
「へ?」

美波に揺さぶられて視線を目の前に戻すと、白馬がいた。
遠くからゆっくりと二頭の白馬が近づいてくる。白馬は赤い布の装飾を付け、クリーム色に金の縁取りがなされた馬車を引いていた。御者もまた白と金の制服を来ている。
潤と美波がその美しさに見ほれていると、馬車は潤たちの目の前で止まった。目を丸くしていると、跡部はニヤリと笑って馬車の扉を開き慇懃に言った。

「どうぞ、お嬢様方。宮殿の食事に招待します」

ふわりと赤い何かが舞う。見上げると、立ち上がった御者が赤いバラの花びらを風に乗せていた。


(20140907)

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