七色の雲 | ナノ

まだ影響は残っている。それはもう確実に。ふと沈黙が落ちたときの気まずさは、春の騒動が起きるまではなかった、と、思う。でももしかしたら気まずさなんて本当はなくて、皆が「気まずい」と思っているから気まずいだけなのかもしれない。それだけ俺たちは人間関係に敏感になっている。
それでも時間が経過したせいなのか、それとも内心では誰もが仲良くすることを願っていたせいか、徐々に俺たちの関係は元に戻っている。でもぎこちない雰囲気は残っている。そんなある日のことだった。その日は二学期の始業式で部活はなかった。少しだけ許された自主練を終えた後、なんとなく俺と柳生が一緒にテニスコートから出た。そこへブン太と仁王もやって来て、柳生の「せっかくですし一緒に帰りましょう」という一言で下校する流れになった。

俺は黙々と歩きながら考える。何を話そうか。ブン太、仁王、柳生、それぞれとだったら話は盛り上がるのにこのメンバーだと何をどう言ったらいいものかよく分からなくなる。他の人が入っていると平気なのに。気にしすぎだと自分に言い聞かせても分からない、いやそもそも、関係がギクシャクする前もこのメンバーで話すことはそんなになかったはずだ。仁王はポケットに手をつっこんだまま明後日の方向を見、ブン太はペットボトルの水を飲みながら無言、柳生はまっすぐ前を向いて歩いているがどうも俺と同じことを考えていそうだ。どうにか場を盛り上げようとしている。話題が出そうででない。
ためらっていると、突然、仁王が顔をそらしたままさらっととんでもない話題を振った。

「柳生、高橋との関係はすすんどるんか?」

想定外の問いかけに俺はあっけにとられて、柳生と仁王を交互に見た。こちらを向いた仁王はニヤニヤと笑っており、柳生は紳士らしくもなく珍しく焦って「に、に、仁王くん!」と小さく叫んだ。ブン太は俺と同じ気分だったようで「何を言い出すんだ仁王は」という顔でぽかんとしている。

「ほうほう、やはりそうか」
「な、な、なにがですか」
「ずっと柳生と高橋は仲がええのうと思っとったんじゃ」
「それは、俺も思ったぜ」

ブン太が頷いた。そういえば、優香と仲がよいブン太、そして優香と仲がよい夏美の三人が一緒にいるときは柳生も一緒にいた気がする。

「言われてみればそうだな」
「桑原くんまで……何が言いたいんですか、仁王くん」
「プリッ」
「仁王くん!」
「紳士のおまんが焦ってるっていう事実が、答えなんじゃろ?」

つまり、柳生は夏美が好きだということだ。
当の柳生は眼鏡を押し上げてうろたえている。俺は微笑ましい気分になると同時に仁王の餌食になったことに同情した。仁王もただ柳生をからかいたいだけではなくて、友人の恋を後押しするつもりではあるのだろうが。
しかしどういうつもりで今その話題を出したのだろうか。そう疑問に思っていると仁王は更に、とんでもないことを言い放った。

「丸井が藤川を落としたら、柳生と高橋とダブルデートができるな」

今度はブン太がブハッと吹き出した。飲んでいた水がペットボトルからアゴに溢れて、ブン太のTシャツを盛大に濡らした。慌てて背中を叩いてやると、むせ混んでいたブン太は涙目のまま仁王を軽く睨んだ。

「いきなり何を言い出すんだよぃ」
「すまんすまん。じゃが丸井も頑張れよ」
「言われなくても。お前、もう優香のことは割切ってんのか」
「おう」

俺は柳生をちらっと見た。柳生と目が合う。仁王とブン太。優香をめぐって何らかの確執があるはずの二人が、その優香のことを、問題の核心に触れることを素直に口にしている。俺はハラハラしたが二人はあっさりとしたものだった。何の問題もなかったかのように、腹を割って話している。

「賭けをしとるんじゃ」
「賭け、ですか?」

柳生が眉を寄せると、仁王はヒラヒラと手を振りながらすました顔で返事をした。

「おう、柳とな。柳生と丸井、どっちが早く恋人を作るかってな」
「なっ」
「はっ?」

柳生とブン太がハモった。
ブン太は「俺が先に天才的妙技で落としてやるぜ!」と軽口を叩き、それを本気に捉えたらしい柳生は焦って「いや、そもそも、その」などと煮え切らないことを言って仁王に更に突っ込まれている。いつの間にか、気まずい雰囲気が消えている。普通だ。仁王はもしかしてこういう空気を作りたくてあえて恋愛の話をしたのだろうか。優香と付き合っているときも仁王は人に恋の話なんざしなかったのに、もしかしたら。
たらたらと歩いている、話をしている、何も特殊なことはしてないのにテニスコートからほんの数百メートル歩いている間に、空気は変わる。仁王の発言は効果的だった。……空気を良くするために柳生が犠牲になった感はあるが。
三人のやりとりを傍観しながら気を遣わずにすむ空気に安堵していると、ブン太が突然「あっ!」と大声を出した。

「そうだ、ジャッカル!お前、水くせえぞ!」
「何の話だ?」

頭をひねっていると、ブン太は仁王に負けず劣らずとんでもないことを言い放った。

「お前、美少女と歩いてただろ!いつの間にあんなかわいい彼女できたんだよぃ!!」
「ピヨッ!?」
「本当ですか!?」

ブン太に肘で腹をつつかれる。仁王は意表をつかれたような表情を浮かべ、柳生に至っては眼鏡がいつもよりも輝かせて「おめでとうございます」などと言ってくる。
俺は話が全く見えず慌てた。美少女?全く身に覚えがない。

「お、おい、何の話だ?」
「良かったですね桑原くん、よろしかったら今度私たちにも紹介してくださいね」
「ほう、ジャッカル……おぬし、やるのう。さすがラテン系じゃ。ヘタレに見えて手が早い、と」
「だ、だから何のことだ!?」
「ごまかすなよ、ジャッカル!丁度昨日の話じゃねえか!」
「昨日……?」

俺は焦る頭で考える。昨日、昨日。俺、何をした。女子を道案内した?いやそれはない。女子の友達に会ったか?いやそれもない。そもそも昨日女子と話をしただろうか。近所のおばさんとだったら話をしたが、どこからどう見ても「少女」ではない。

「ほら、白人の美少女だよ!駅の側にいたろぃ」
「あっ」

俺はそこでようやく思い出した。というよりも、ブン太が何を見たのかを理解した。

「ほら、やっぱり彼女だろ!」
「違う、ブラジルから来たやつだ」

俺の挙動に疑問を抱いたらしい柳生が、冷静になったらしくはっとして問いかけてきた。

「もしかして、来年立海へ入学する留学生ですか?」
「ああ、そうだ。寮や学校を下見しに来たんだ。だから俺が案内していただけだぜ」
「そうだったんか。でも、なんかあるんじゃろう?」

俺まで仁王の会話のネタになってしまった。口を開く前に次々と言われる。

「なんだよジャッカル、でも美少女にあんなに嬉しそうな顔して、何にもないだなんてことはないだろぃ?」
「そんなにきれいな女性だったんですか?」
「ボーイッシュだったけどハリウッド女優みたいな美人だぜ」
「で、ホントのところどうなんじゃ?ジャッカル」

美少女。美少女、なあ。俺はその当の「美少女」を思い浮かべた。漆黒の髪、ラテン系、ブラジル人にしては低い身長。だが身長はどんどん伸びて、立海を卒業するころには今とはずいぶん違った見た目になるに違いない。

俺は意を決して間違いを正した。

「そもそも女じゃねえよ。正しくは『美少年』だな」

再び落ちる沈黙。ブン太は魂の抜けたような顔、仁王は間抜けにもぽかんと口をあけて、柳生は半分眼鏡をずり落とした。小さい頃は可愛くても徐々にいかつくなるのがブラジル人というものだ。サッカーが好きだという彼は、きっと成長するごとに筋肉隆々のよくある「ブラジル男」になるに違いない。俺は苦笑する。再び沈黙が訪れてしまった。でもそれは居心地の悪いものじゃない、豆鉄砲をくらった鳩のような顔をする三人を見ると心底そう思える。

「さー、早く行かないと電車一本逃すぜ」
「ちょっと待てジャッカル、期待させといてそれかよ!」

柳生は残念ですとかなんとか呟き、ブン太は俺に食ってかかり、仁王はなんじゃつまらんのうといつもの調子に戻って言ってのける。俺はブン太を引きはがすのに悪戦苦闘して柳生にヘルプを求める。

半年後にはブラジルの仲間が日本へやってくる。遠き国へ思いを馳せて心を躍らせる彼は立海でどんな体験をするのだろう。部活をするか、仲間と喧嘩をするか、恋でもするか。
いずれにせよ、それがたとえ苦しい記憶になったとしても彼にとってかけがえのない人生になることは間違いがなかった。この俺が一年半で様々な体験をしてきたように。この俺が、かけがえのない仲間を得たように。


(20120928)

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