七色の雲 | ナノ

細くちぎれた雲の浮かぶ快晴、涼しげに吹き抜ける風、日差しも柔らかい小春日和。ぽかぽかと温かい空気に満ちた昼下がりの立海は、活気に満ちていた。背にした校舎からも目の前に広がるテニスコートやグラウンドからも生徒達の声が聞こえている。この緊張感のないのどかな雰囲気はいつだって心を和ませる。
私はぐうっと伸びをして、校庭の草むらにどさっと腰を下ろしてあぐらをかいた。遠目にテニス部員たちが昼休みの自主練をしているのが見える。髪が風に遊ばれてふらふらと揺れているのが分かる。しばらくぼうっとしていると、後ろから優香の声が飛んできた。

「またあぐらなんてかいて!柳生くんに怒られるよ」
「んなっ、なんで柳生が出てくるのさ」
「『高橋さん、女性があぐらなどかいてはいけませんよ』ってね。ふふふ」

自分の顔が赤くなったのが分かった。優香にじっと見つめられて渋々横座りに直すと、彼女はにっこり笑い優雅な仕草で私の隣に腰を下ろした。一緒にお弁当を広げる。いつものようにたわいもない話をしながら。目をふと隣に向けると優香は穏やかな笑顔を浮かべていた。聖母のようと言えば大げさかもしれないけれど、人を安心させるような顔だ。
この子、きれいになったな。素直な感想が浮かぶ。元々きれいだったけれども、失恋の傷が癒えるにつれて、以前よりも優しさや穏やかさが深みを増して一層外見のきれいさを引き立たせている気がする。
ぼうっとしていると彼女が話し掛けてきて私は意識を引き戻された。

「ホントに良かったよね、由紀ちゃんの話」
「ほんとだよ、もうこのままぐだぐだになっちゃうんじゃないかって心配だった!」
「付き合うことになった、って教えてくれたときの由紀ちゃんは可愛かったねえ」
「全く、何を今更恥ずかしがることがあるのやら」

優香はクスクスと笑う。私もあのときの由紀ちゃんを思い出して、改めて呆れるとともに笑いが溢れてきた。付き合い始めたとメールで報告が来たのは全国大会の後だ。実際に顔を付き合わせたのは二学期に入ってからだったのだが、彼女は恥ずかしそうにしていた。もともと付き合っているようなものだったのに、告白の効果は絶大だったらしい。
告白の前も後も幸村の態度はさして変わらないだろうに、由紀ちゃんは幸村に対してもじもじしているように見える。告白によって、彼女の幸村に対する気持ちが全面に出るようになったのかもしれない。
由紀ちゃんもまた、きれいになった。恋する女の子がきれいになるっていうのは本当だ。身なりに気を遣うようになるっていうだけじゃなくて、内面が変わる。

「精市も大胆になったよね」
「笑顔の輝きが増した気がするね。堂々と由紀ちゃんつれて下校するようになったし」
「部活も引退したから一緒に過ごす時間を作りやすくなったんだって言ってたよ」
「ほう」

そういえば、由紀ちゃんと幸村は普段どうやって過ごしているのだろう。ずいぶん前に植物園に行ったという話は聞いたが毎回植物園に行くということもあるまい。あの二人がカラオケ三昧というのも想像しにくいし、ゲーセンは……更にありえなさそうだ。幸村が由紀ちゃんにテニスを教えてあげてる、っていうのはありえるかな。

「この前美術館に行ったんだって」
「美術館!?し、渋い……」
「由紀ちゃん好きそうだよね」
「うん。幸村もナントカっていう人の画集ほしいとか行ってたっけそういえば」
「美術館でデートなんて考えたことなかったよ」

私は力強く頷いた。大人っぽいカップルだなあと思っていたけれどそう来るとは。予想外だったけれど言われてみればあの二人にはぴったりだ。
視界の端に、小さく見覚えのある人物が写った。

「優香、あれ」
「あ。精市と由紀ちゃん」

二人は手に何かを持って校舎から出てきた。お昼ご飯だろう。由紀ちゃんは辺りをきょろきょろと見回し、幸村は反対に周りには誰もいないかのように堂々と歩いている。その幸村がふと、こちらを見た。
私と優香が手を降ると、幸村はにっこりと笑って手を振り替えしてきた。泰然とした動じない態度はまるでどこかの王様みたいだな、と思っていると由紀ちゃんがこちらに気がついた。彼女は遠目でも慌てているのが分かる。あたふたする彼女は、満面の笑みを浮かべた幸村に頭をぽんと撫でられていた。
私は優香と顔を見合わせると、思わずぷっと吹き出した。


***


心配は、杞憂に終わった。由紀ちゃんと精市がついにつきあい始めたとき、また噂をたくさん立てられて彼女が辛い思いをするんじゃないかと思っていたのだ。でも、由紀ちゃんと精市がつきあい始めた、と聞いても他の女の子たちは「やっぱり付き合ってたんだ」「一緒に下校してるって話だったもんね」「ようやく認めたのね」といった態度で、さして話題にもならなかった。
私が仁王くんと付き合い始めたときは生意気だとか仁王くんに合わないとか様々なことを言われて辛かったから、彼女はそういう嫌な経験をしなくて良かったと、切実に思う。

由紀ちゃんと精市の付き合い方を見ていると、なんだか不思議だった。そしてつい、自分と仁王くんが付き合っていたときのことと比べてしまう。
比べると、付き合い方が全然違った。お昼の時間にそう夏美に言うと、彼女はもごもごと口を動かしながらあっさりと肯定した。

「そらそうでしょ。ゆひむらがかわっへんほよ」
「口にものを入れたまま喋らない。柳生くんに注意されるよ」

からかうように言うと、夏美は顔を赤くして口をつぐんだ。赤い顔のまま黙って咀嚼する彼女は、とても微笑ましい。彼女もまた、柳生くんに恋をしている。本人は否定しているけれど。私から見るとどう考えても両思いなのに当の本人たちは全然気がついていないようだ。その点が精市・由紀ちゃんカップルと似ている。相手を本気で好きになったら、そんなものかもしれないけれど。

「付き合い方なんて人それぞれでしょ。それに、たぶん幸村より優香の付き合い方の方が普通だと思う」
「そうなのかな」
「うん。もちろんどっちがいいって問題じゃないけどさ」
「……ときどき、ああいう付き合い方が正解なんじゃないかなって思っちゃうんだけど」
「仁王とは上手くいかなかったから?」

私は黙って頷いた。仁王くんと別れたのはもうずっと前のことだし、思い出しても悲しくなったりはしない。それでも未だにときどき、私はどこで間違えたんだろうと考える。もう失敗したくないという気持ちは、ある。
夏美はううん、と唸ると首を振った。

「でもさー、興味ないなら植物園に行っても仕方ないでしょ」
「うん、まあ、そうだよね」
「結局、相性が物を言うんじゃない?頑張ったって相性が悪いと難しいのかもしれないし、相性が良かったら頑張らなくてもなんとかなるのかもだし」

相性。相性、か。
由紀ちゃんが私たちの目の前に表れたのは去年の春。最初は精市とも何もなかったはずだ。それがいつの間にやらどんどん仲良くなっていって、それでもなかなかつきあい始めなかった。精市が冬に入院していたときなんて毎日のように病室に通っていたらしい。まるで奥さんみたいだなあと思ったものだ。それでもやっぱり告白はしなかったらしくて、結局つきあい始めたのは最近だ。

「幸村と由紀ちゃんは、つきあう前までの時間がたっぷりあったからお互いのことをよく知れた……っていうのもあるかも」
「そっか、そうだね」

二人は今日もどこかで一緒にご飯を食べているのだろう。

「あの二人、このまま結婚しちゃったりしてね」
「そしたらテニス部でお祝いしよう」
「うん」

夏美はケラケラと笑った。
校舎の窓から見える花壇の隅に、ピンクのコスモスが揺れている。辛かった日々が嘘のように流れて今、私はとても満たされている。これからまた辛いことがあるかもしれないけれど、それでもまた、がんばれる。精市と由紀ちゃんだって、何があっても乗り切れる。
そんな気がした。

(20120908,fin)

[back]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -