七色の雲 | ナノ

窓から涼しい風が入ってきて、鞄から出したばかりの教科書を揺らした。校庭の木々もだいぶ色づいて秋も真っ盛り。ようやく過ごしやすい気候になったとぼんやり考えていたら、仲の良い彼女が珍しくも陰鬱な顔をして学校へやってきた。どちらかというと元気な部類に入るこの子にしては珍しいなと思いながら挨拶をすると、彼女は「おはよ」とつぶやいた。

「何かあった?元気ないね」
「元気がない、ねえー」

半眼でまじまじと私を見る。そのまま大きなため息をついて下を向く。いつになくしょんぼりしている彼女に私は焦りと不安を覚えた。彼女はあまり機嫌の悪いことがない、あったとしてもさらっと私に愚痴を言ってそれで終わりだ。だが今回は打ち明けるそぶりもない。もしかしたら私のせい?
私何かした、と尋ねようとした瞬間に彼女はガバリと顔をあげて叫んだ。

「打倒、幸村!許すまじ!」

朝の喧騒に包まれていた教室の時が止まった。「しーっしーっ!」と必死でなだめて辺りを見渡すと、クラスメイト達が声を上げるのも忘れた様子でぽかんとこちらを見ていた。冷や汗が出る。こんなに注目されたのは幸村くんとの噂が立ったとき以来かもしれない。彼女はといえば、周りの目など全く気にする様子もなく拳を握っている。張本人が堂々としている分こちらが焦りを感じる。とんだとばっちりだ。一体どうしたというのか。

「幸村くんと喧嘩でもしたの?」
「してない」
「じゃあ何があったの」
「だってずるい」

言葉が出てこない。何を言ったらいいものやら分からない。
人目なんてなんのそので我が道をゆく彼女の口からずるい、なんて人をうらやむ単語が出てくるとは思わなかった。しかも相手が幸村くん。幸村くんと彼女にはさして接点がないはずだ。幸村くんは確かに誰でも憧れるほどテニスが強いし容姿端麗だけれども。今まで彼女が幸村くんの才能や環境を特段うらやましがるところも見たことがない。

「何が?能力?」
「テニス上手いとかイケメンとか怪力とか、そういうのは」
「うらやましい?」
「全然、そうじゃなくって」

彼女は拳を下ろして先ほどの勢いはどこへやら、今度はゆでた青菜みたいにしょんぼりしている。私は首をかしげた。

「性格?が、うらやましいとか?」
「ううん」
「じゃあどうしたのよ」
「最近の由紀、幸村くんと楽しそう」

いきなり自分に話題が飛んで、私はどきっとした。突然何を言い出すんだと思う反面、彼女にもしっかりばれていたのかと驚く気持ちがある。彼女にはそこまで幸村くんの話はしていないつもりで、彼女の前で幸村くんと話す機会もあまりなかったのに。彼女に隠しているわけじゃないからばれていても不思議じゃないのだけれど、「幸村くんとどうなっているの?」などという質問を全くしてこない彼女からそんな言葉が出たことが衝撃だった。

「うん、まあ……」
「相性がいいんだなあって」
「うん」
「別にいいんだけど」

幸村くんの何かが気にくわないのか、と思ったけれどそういう話でもなさそうだ。とすれば問題は彼女に対する私の態度か。幸村くんと出会ってからも出会って以後も彼女とは同じ態度でいたつもりだったけれど、実は冷たくなっていたりしたのだろうか。

「ごめん、私態度かわってた?」
「変わってないよ、たぶん。なんていうか、そういうんじゃなくて」

珍しくも煮え切らない。クラスメイトたちはすっかり元通りの様子で、そのことで冷や汗は引いていく。

「幸村くんと由紀が羨ましいなあって」
「羨ましい?」
「別に、恋人が欲しいとかそういうんじゃないんだけど」

いやそもそも恋人じゃないから、とつっこみたかったけれど真剣な様子にそれもできず。彼女が再び握り拳を作ったのでまた叫び出すのではないかとハラハラしたがそれはなかった。その代わりに小声でハッキリと宣言する。

「由紀は悪くない!でもやっぱり幸村精市は許すまじ!」
「えええ!」
「だって。だってさ、私の方が由紀と長くいたのにあの男との方が楽しそうなんだもん!ずるい。仕方ないって分かってるし幸村くんが悪いだなんて思ってないけどやっぱりずるい!だから成敗してくれるわ」

慌ててぽんぽんと彼女の頭を軽く撫でつつ考える。幸村くんとこの親友を秤にかけたことはない。幸村くんが私にとってとても大事であることには間違いがない。彼が私に声を掛けてくれて、テニス部の問題に関わって、そこでようやく生きることを受け入れた。でもその前に私を救ってくれたのはこの子だ。この子が私の中学生活の潤滑油になってくれたようなものだから。この子の前向きでストレートな性格に何度救われたことだろう。

「確かに幸村くんと一緒にいたら楽しいよ。でもそれは比べられるものじゃないよ」
「……うん」

幸村くんとの日々が楽しくて、もしかしたら、今まで彼女に向けていた注意が減っていたのかもしれない。もしかしたら、彼女は今までと違う私に寂しさを覚えていたのかも知れない。もしかしたら、もしかしたら。そういえば幸村くんの話も前よりもよくするようになったかもしれない。休みの日も友達とよりも幸村くんと出かけることが多くなった。

「今までごめんね」

子供のようにこっくりと頷いてこちらを向いた彼女は、いつも通りのすっきりした顔をしていた。


(20120728)

[back]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -