七色の雲 | ナノ

まるで海辺に作った砂の城だった。無理に動かせば崩れる。だがそのまま放っておいてもいずれ潮は満ちて城を飲み込んでしまう。どうすればいいのか。どうしようもないのか。分からぬまま焦りだけがつもって、でも背後からは聞き間違えようのない波の音がする。私と幸村くんはどうあるべきなのか。このままでいいのか。できればこのままでありたい、でもそれを幸村くんは何と思うだろうか。友情?兄弟みたいなもの?それとも。


「付き合ってないの?」

「好きなんでしょ?」


いっそ感情に名を付ければ楽になるのか。ただの友情だと。そうすれば彼は笑って肯定するかもしれない。それがいいんじゃないか。不安定な状況から脱したいという安寧を求める気持ちの一方で、それじゃあ私はどうなるのどう思うのと小さく叫ぶ気持ちがある。どちらに進めばいいのか、それとももっといい手があるのか、何も思い浮かばない。


「幸村くん格好いいもんね、誰にでも優しいしさー」

「長崎さんが付き合ってないんだったら私が狙っちゃう!」


クラス委員の女の子はおどけて言う。みんなはええ、と言ってきゃあきゃあ笑った。目の前で女の子たちが悪意のない顔で私を囲んでいる。私は口を開いたけれど、音は何も出てこなかった。みんな、幸村くんの話をしている。
崩れる。崩れる、崩れる。私が触れていたものが。でもそもそもそれは必然だったのかもしれない。むしろ、私が触れていると思っていたことこそ幻想だったのかもしれない。幸村くん。一緒に帰ったり、趣味の話をしたり。でも、それだけだ。それだけなのだ。メールでも共通する趣味の話ばかりで、お互い、その他の自分の話をしない。私は幸村くんが確かに好きだ、でもこんなの、友情以下ではないのか?

幸村くんは何を考えているんだろう。沈黙しているうちに猛烈な恐怖に襲われて、私は女の子たちの輪から逃げ出した。美術室に文字通り駆け込んで頭を抱える。どうしよう、どうしよう。そうつぶやいてももちろん何が変わるわけではないんだけれど。そうやっているうちに予鈴が鳴って、再びあわただしく教室へ戻る。席に滑り込むと後ろの席の彼女が声を掛けてきた。


「ねえ、大丈夫?……じゃなさそうだね」


運動不足で息が切れている私はこくりとうなずいた。全然大丈夫じゃない。どうしよう、どうしよう。だって、分からない。隣の男の子が突然、おお、と小さく声をあげた。


「そういや探しに来てたぞ、長崎のこと」

「え?」

「幸村が」


呼吸が整っていなかった私は盛大にむせた。彼女が中腰で立ち上がって私の背中を撫でてくれる。隣の男の子は焦ってごめん、と理由もなく謝った。そして、咳が落ち着いたころに恐る恐る、問うてきた。


「お前、幸村と付き合ってんの?」

「へっ?」

「あ、違うのか、悪ぃ。気になってさ、柳と付き合ってるみたいな話聞いたし」

「えええっ!?」


思わず小さく叫ぶ。彼女もその噂は知らなかったようで息をのんだ。付き合ってる?……柳くん、と?なんで?一緒に帰ったこともなければ遊びに行ったこともない柳くんとなぜそんな噂が立つのか。二人っきりで話したことだってほとんどない。恐怖感と疑問で思考が完全に停止する。うしろから、そっと彼女に背中をたたかれた。


「なんかよく分からないことになってるね……。ねえ、悩んでいるんだったら、藤川さんとか高橋さんあたりに相談してみるのもいいんじゃない。柳くんとの噂のことも詳しく知ってるかもしれないし」


よく知ってる人の意見を聞いてみたら、どう?


***


胃の奥に押し込めておいた言葉は一回外へ出てくるともう止まらなかった。二人の女の子を目の前にして、思いの丈を吐露する。言っていることはぐちゃぐちゃだ。それは分かっている。分かっているのに自分では気持ちも言葉も整理できず、ただ赴くままに気持ちをはき出した。辛抱強く黙ってそれを聞いてくれていた彼女たちは、私が話終えると顔を見合わせた。高橋さんが腕組みをして、おごそかにまとめた。


「つまり、だ。幸村については、自分の気持ちも幸村の気持ちも分からない。でも周りからはああだこうだ言われて焦って、でもどうしたらいいか分からない。ってこと?」


私は勢いよく頷いた。平たく言えば、そういうこと。今のようなぼんやりとした「好き」を抱いていていいものなのか、幸村くんが私をどう思っているのか分からないのにこのままずるずると彼の好意に甘えていてもいいものなのか。彼は私に謝っていた、負い目があるんだろう。私と幸村くんの趣味が合うのは確かだ。でも、彼の優しさは私にだけ向けられているものでもなく、また彼を好いているのは私だけなはずもなく。


「そっか、なるほど。……柳との噂は知らないや、初めて聞いた。優香、知ってる?」

「その噂、最近流れ始めたよねー」

「えっ藤川さん知ってるの!?」


勢いよく身を乗り出すと、彼女は頬杖をついて思い出すような仕草をした。


「うん、でもちらっと聞いただけ。なんでだろうね、そんな噂流れたの」

「そっか、詳しくは知らないよね」


がっくりとうなだれる。もうわけが分からない。幸村くんのことで頭がいっぱいなのに、更に出所不明の噂まで流れている。幸村くんも柳くんも、こんな噂聞いたら一体どう思うだろう。


「でも柳と長崎さんって仲良くなかった?少なくとも柳は気に入ってるみたいだと思った」

「そうなの?うーん、仲良いって言うほど話したこともないし」

「メールはよくしてるの?」

「あっ」


口に手を当てる。メール。そういえば、テニス部に関する話で呼び出されるときはいつも柳くんからメールが来ていた。幸村くんではなく。そしてテニス部の問題を解決するために集まると言うので、予定調整のために私生活のことをいろいろ聞かれた。部活や委員会のこと、習い事とか家のこと、その他の用事がないか。そこから話が広がって私と柳くんはお互いを知るためのことをいろいろと話した。それこそ幸村くんに言っていないようなこと、それでも友人なら知っているようなことを。


「それってつまり長崎さんは蓮二との方が仲良……ってことはないよね明らかに」

「うん、でもなんだか幸村と長崎さんって不思議な関係だね。柳の話と比べると」


確かにその通りだった。幸村くんより頻繁にメールをしている柳くんとはさすがに友達だと思っていいのかもしれないけれど。幸村くんにどう思われているかは考えて仕方がないことだけれど、じゃあ、私にとっての幸村くんって何なんだろう。
ますます混乱してきて私は押し黙った。ううむ、と藤川さんは唸って、そして、突然パンパンと高らかに手を叩いた。


「そうだ、いいこと思いついた!悩んでうじうじしていても仕方ないしね、うん!」


顔を上げると藤川さんが突然元気満点の笑みを浮かべて、私に身を乗り出してきていた。高橋さんも腕を組んだままきょとんとしている。


「何を思いついたの、優香」

「長崎さん。あっ名前で呼んでいい?私たちのことも名前で呼んでね。で、改めまして由紀ちゃん。今度の日曜日、一日中あいてたりしない?」

「ありがとう。うん、あいてるけど……?」

「おおなるほど、それはいい考えだ!」


高橋さんも笑って大きく頷いた。藤川さんはあの大きくて綺麗な瞳をキラキラさせて、私に宣言した。


「夏美と私と由紀ちゃんの三人で、朝から買い物に行こう!」


悩み相談からの唐突なお誘いに固まっていると、高橋さんが寄ってきて耳打ちをしてきた。


「ごめんね、優香っていつも唐突でさ。でもポジティブなのが優香のいいところ。考えていても解決しないときはぱーっといくのも手だと思う。一緒に、行かない?」


彼女たちからの親愛の証だと思っていいのだろうか。私は素直に頷いた。温かい空気。自然とこぼれる笑みがとまらない。藤川さんは通学かばんから可愛い模様の手帳を取り出してぱかっと開いた。カラフルなペンで書かれたページをめくって彼女は何かをさがしはじめた。その隙に高橋さんが口を開いた。


「あのね、もうちょっとで関東大会あるじゃない。うちの男子テニス部は去年の優勝校だし強いけど、関東には氷帝とか強豪校も多いから気合入れていかなきゃいけないと思うんだ」

「うん」

「あーあった。これ!」


藤川さんがずいっと差し出してきたページには、リストバンドらしき絵と「必勝」の文字。絵の横には小さな字で「色は黒?それとも青?」や「刺しゅう糸 駅前のお店 200円」などとメモが書きこまれていた。


「ああ、それそれ。でね、応援の意味も込めて男子テニス部全員におそろいのリストバンドを贈ろうかって思ってて。レギュラーの分だけは刺しゅうでもして、文字を入れて」

「うわあ、すごい。いいねそれ」

「リストバンド代は、先生がちょっと融資してくれるって言ってくれたの」


藤川さんと高橋さんが、目を見合わせていたずらっぽく笑った。


「だからさ、日曜日に買出しと刺しゅうを一緒にやっちゃおうって話で。どう?」

「素敵だと思う。お手伝い、させてくれるの?」

「もちろん!じゃあ、そうね……由紀ちゃんは精市と蓮二の分、刺しゅうしてくれる?」


一瞬ためらう。でも、これくらいやっても大丈夫。きっと大丈夫。だって純粋な応援だし、大会で頑張ってほしいのは誰だって同じだから。ありがたく手伝わせてもらおう。
もう一度頷いた私を見て、優しい女の子二人はにっこりと笑った。


(20111211,続く)

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