20万打企画 | ナノ
相談相手は全てを知る

恋愛に困ったときに誰に相談をするかというのは、その人のとりまく状況を顕著に表すように思う。仲の良い同性の友達にするか。自分の兄弟にするか。先輩にするか。はたまた、恋人の友人に聞いてもらえばいいのか。

私がまず話がしたいと思ったのは、女友達。
でも、話の内容が内容だ。ただの恋愛相談じゃない。手塚くんとしても、自分の普段見せない「素顔」を女の子に知られるなんて嫌かもしれない。男子にスッピンを見られたくない女子みたいなもんで。第一、もしその子たちの中でちょっとでも口の軽い子がいたとすれば、彼の驚くべき素顔が、ゴシップ雑誌もぴっくりな勢いで学園中に広まるに違いない。

いやいやいや、それはダメだ。ダメすぎる。彼は有名人なのだ。生徒会長で中学テニスのトッププレイヤーだし。私の相談のせいで彼がヒソヒソされるようになるなんて耐えられない。……テニス部内でも、菊丸くんあたりが彼の素顔を知ったら喜んでからかいまくりそうだ。不二くんもなんかニコニコしながら口出ししそうだし。そうなったら、いろいろな意味で怖すぎる。

うんうん悩んでいたところ、私は相談相手として極めて適切な人物を思い出した。最近はあまり話していなかったけれど、私の性格を良く知っている、幼なじみの彼。悩みを理解してくれそうで、私が話しやすくて、口も軽くなくて、かつ、手塚くんのプライドも傷つけなさそうな人。







相談相手は全てを知る




「というわけで、相談に乗って欲しいんだけど」

「ふむ」


手塚くんより更に長身な彼は、四角い眼鏡をキラリと反射させた。そして青い学生ノートをさっと開き、ある一点に目を留める。彼は相談事を解決するより先に私から得た手塚くんの情報を整理することに決めたようで、一心に何かを書き込み始めた。
一定の速度で、彼の手は止まらずに動き続ける。
彼の性癖を知っていた私はそれをしばらく見守っていたが、すぐにしびれを切らした。


「それで、どう思う?手塚くんのこと」

「ああ、すまない。つい夢中になってな」

「彼、誰かに何か変な話を吹きこまれたりしたんじゃないのかな。それを真に受けて、無理矢理あわないやり方で私と接してる、とか」

「ふむ。データの予測上だとそれはなさそうだ。女性関係のことで、手塚が誰かに変に影響されるということは考えにくい」


乾はいつものようにゆったりと、一定のペースで言葉を紡ぐ。その顔から確かに確信の色が見て取れて、私は眉を寄せた。……まあ確かに、菊丸くんにあらぬことを吹きこまれる手塚くんとか、不二くんのからかいを真に受ける手塚くんは想像できない(菊丸くんと不二くんゴメン)。人から影響を受けて、あんな……、あんな、ハートマーク付きのメールを飛ばしたりスンスン人の臭いをかいだりするなんて!


「じゃあどういうこと。やっぱりあれは素なの?なんで、どうして。なんて手塚くんがあんなことするの」

「夏目は、恋人がそういう行為をすることに驚いているのではなくて、それが手塚による行動だったから驚いているのだな?」


私は勢いよく頷いた。そうだ、そうなんだ。「あの手塚くんが」「ああいうことをする」のに果てしない違和感を覚えるのだ。……乾にこんなに真剣に相談するなんて、私は結構、ショックを受けているみたいだ。プラス、混乱している。別に悲しかったり恋心が冷めたりしたわけじゃないんだけど。「私が付き合っているのは手塚くんに似た別人なんじゃないか」という馬鹿馬鹿しい疑念が頭に張り付いて取れない。
乾はふむ、と言うと眼鏡のつるを右手で押し上げた。


「まあ、手塚も男だったということだろうな」

「え。データマンにしては曖昧じゃない?」

「そうとしか言いようがないんだ。なんせ、恋をした手塚のデータなんて今までなかったのだからな」


新しいデータをありがとうとても言いたそうに、嬉しそうに少し微笑んだ乾の様子を見て、私はがっくりと肩を落とした。そうか。そういわれりゃそうだ。手塚くんに彼女がいたなんて聞いたことない。きっと私と同じで、お互いに初カレ・初カノなんだろう。私が恋多き女なら平気で流せたかもしれないこのギャップも、私には衝撃が大きすぎた。


「分かっているのだろう?会いたいと思うのも、抱きしめたいと思うのも、相手の臭いを好ましく思うのも恋するゆえだ。それは男として普通のことだ」

「分かってる、んだけど、そりゃ私もそうなんだけど……」

「いいことじゃないか。それだけ愛されているということだ」

「乾もそうなの?」

「どういう意味だ?」

「乾も、好きになったらそうしたいと思うの?」


彼は困ったような顔をして言った。
そのときにならないと分からない。そういった感情は理性で理解できるものではないからな。だが、手塚がそうなったくらいだから、俺もそうなる可能性が高い。


***


彼女は嘘をついている。

俺は冷静にそう締めくくった。目の前の大石は眉尻を下げて、真剣に考え込んでいる。彼を悩みに巻き込んでしまうことには少々罪悪感があったが、誰かに聞いて欲しかった。俺はもう少しでも、彼女を理解したい。


「ええっと、で、とりあえず、その『嘘』って具体的にどこなんだ?」

「『コーヒー』だ」

「……彼女が携帯にこぼしちゃったっていうやつ?」

「ああ。彼女はコーヒーを飲まない。嫌いだと言っていたからな」


そう。だからそれは嘘だ。それに彼女は、コーヒーをこぼしたと言ったとき確かに動揺していた。彼女は何かを隠している。電話に出られなかった重大な理由があるはずなのだ。俺に説明できない、もしくは言いにくい理由が。
大石はううん、と唸ると唇をへの字に曲げた。


「……まさか、浮気しているとか、そういう心配、じゃないだろう?」

「ああ。それは心配していない」

「はっきり、聞いてみたらどうかな。その、夏目さんは正直なタイプに見えるし」

「聞いて構わないと思うか?女子が隠しているものを聞いていいのだろうか」


相手が大石なら迷わず聞く。聞いても言いたくないことだったら言葉を濁すか言いたくないとはっきり言うだろうと分かっているからだ。だが夏目の場合はどうだ。確かに夏目は正直だ。そして、相手に遠慮しすぎる性格でもなく、俺に対して物怖じすることもない。だが、夏目は女だ。女子として、男に聞かただけでも非常に嫌な気分になるような類の質問だったとしたらどうか。もし、そういう理由があるならば。
俺の質問を聞いて、大石は大いに焦り始めた。


「……そ、そんなことってあるのかな、女の子として嫌とか」

「それが分からないから相談している」

「お、お、俺に聞かれても!そういうのは女子に慣れてそうな不二とかに聞いた方がいいんじゃないか」

「不二は女子慣れしているのか、知らなかった」

「少なくとも俺よりはね!」


なぜか大石はやけくそのように叫んだ。不二が羨ましいのだろうか、そういうそぶりは全く見せていなかったのだが。それにしても不二が女子に慣れているとはどういうことだ。大勢の女子と付き合ったということだろうか。分からないことだらけだ。


「ごほん。……ところで手塚、質問していいか」

「ああ」

「最後に彼女に送ったメールは、どういうものだったんだ?もしかしたらそれが彼女の嘘のヒントになるかもしれないしさ」

「そうだな。あの夜俺が送ったのは――」


俺は送信メールをそのまま大石に見せた。
大石は、真っ白になって硬直した。微動だにしない。


「大石……、大石?」


何かまずい内容だったのだろうか。俺は改めて自分の送ったメールを見直す。



――ただ、会いたいと言っただけなのに。


(20110517)

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