20万打企画 | ナノ
本人確認おねがいします

「昨日の晩、電話をしても繋がらなかった。どうかしたのか」


ギクリ。私は身をすくませた。まずい。ばれる。いや、もうドキっとしたことはばれてしまったと思う。こういう時は、表情が露わになりやすい自分の性格が呪わしい。でもまだ大丈夫。まだ、私が『あのメール』に激しく動揺してしまったなんてことは知られていないはずだ。ちらりと彼の表情を伺うと、彼はいつも通りの無表情でこちらを伺っている。

……この顔で『会いたいv』、ねえ。

ばつの悪そうな顔もしてないし、変な様子はない。きっとあの文言は彼の素なんだ。テンションが上がってつい送ってしまった、というわけでもなくて。私は何か適当に嘘をつくことにした。脳裏に浮かぶのは、二つに分かれて哀れな姿になったマイ携帯。メールの衝撃から我に返った後、今度はその無残な姿に呆然としたものだ。ああごめんよ、まさか逆パカしてしまうとは自分でも思わなかった。


「え、えっと、ごめんね。勉強中にコーヒーを携帯にかけて、壊しちゃって」

「……そうか。油断はするな、火傷をする」


彼は今日も、厳しくて優しい言葉をかけてくれる。複雑な気分の中にも変わらぬ彼を見付けて嬉しくなった私は、台詞の前の微妙な間に全く気がつかなかった。







本人確認おねがいします




告白されてからも、あまり生活は変わらなかった。といっても、あれから一晩しか経ってないから当たり前なんだけど。

私と彼は家の方向が同じだったけど最寄り駅は違うし、彼はテニスの朝練があるから、一緒に登校することはない。その代わりに、お昼休みは図書室のそばで落ち合う。約束をしたわけじゃなくて、暗黙の了解で自然とそうなった。ご飯を一緒に食べて、本の話をして。たまに部活や趣味の話をしたりして。でも彼が部活やら生徒会やらで忙しいときは自然消滅してしまう関係だ。一緒に帰るようになったのもなんとなくであって、約束したわけじゃない。
――よくこんな淡泊な関係から恋人同士になれたな。
自分に感心してしまう。


「携帯、買い換えなければならないな」

「うん。明日にでも買いに行くよ。無事買えたらメールするね」


人気の少ない住宅街の道を並んで歩く。こつこつとアスファルトの道路を鳴らす二人分の足音。まだ暗くはない、しかし明るいともいえない時間帯。ジジジ、と電気の音がして明滅した街頭が灯り始める。薄く足下に落とされる二つの影。
以前はここを歩くのが少し怖くて、できるだけ早足で通り過ぎていた。でも今は、彼がいるだけでどこでも平気になる気がする。現に、周りに人がいないことがとても有り難い。二人っきりでいられるのだから。
すぐ隣をあるく彼。ちょっとでもよろめいたらぶつかってしまう距離。

ふと、手と手がぶつかった。そのまますっと手を取られる。

……え。えっ?今、まさか、手をつないでる!?
いやダメだ、私もつなぎたかったし、ここで驚いたりしたら彼は手を放してしまうかもしれない。ぎこちなく不自然なまま、必死でなんてことのない顔をして隣を歩く。彼の手は大きくて、さして小さくもないはずの自分の手が小さく感じる。普段触っている女の子たちの手のひらとは全然違って、皮が固くて骨張っている。心持ち私のそれよりも温度が低くて、柔らかいぬくもりが伝わってくる。手塚くんの、手。
私は爆発しそうになった。手をつないでるだけじゃない。それなのに体のどこかが壊れてしまいそうなほどドキドキしている。何も考えられない。


状況が変わったのが、もう少しで人通りの多い場所に出るというところだった。
彼が道の端に寄ったかと思うとすっと手を引かれて、正面から抱きしめられる。少しかがんだ彼の肩に自分の頭が寄せられた状態になる。何とも言えない香り、自分のものではない異質なそれ、手塚くんの香りに包み込まれる。

……これ、本当に手塚くんだよね。顔がそっくりだけど女性慣れした双子の弟でしたとかじゃないよね。カタブツで無表情で女性関係なんて知りません中学生の男子特有のエロに対する興味も1ミリたりとも全くありませんな顔をしている手塚国光だよね。実はムッツリスケベなんじゃないか疑惑がときどき噂されつつも、女の子や男子同士の猥談に対するそっけない態度から、「あいつは真性の堅物である」としばしばそのキャラクターを確認されている手塚くんだよね。本人だよね。








……私は今、困惑している。








***



抱きしめられているうちに、気持ちが落ち着いてきた。私は手塚くんのことを何か勘違いしていたのかもしれない。クールで真面目だから普通の恋人みたいにいちゃいちゃできないとか、そういう考えは間違っていたに違いない。
これは嬉しい誤算だ。そういうのがずっと夢だったから。……まさか手塚くんとそれができるとは思ってもいなかったけれど。
私は嬉しくなって、彼の顔にほほをよせた。そしてそのまますりすりと頬ずりをする。彼はほほの温度も低くて、そして彼の香りがした。顔とすれる彼の皮膚が心地良い。


はっ、と彼が息を呑んだ。
見上げると、彼は珍しくも目を見開いてこちらを凝視している。そしてその顔に微かに浮かぶ、困惑。


その姿を見て、私は青ざめた。今、私、何をした。犬みたいに頬ずりをしてしまった。彼は抱きしめただけだったのに。そんなことしたくなかったのかもしれない。手をつないだり抱きしめたりは良くても、そこまでべたべたするのは好みじゃないのかもしれない。だって、頬ずりって。不愉快だったかもしれない。
私は慌てて上半身を手塚くんからできるだけ離した。


「ごめん」

「い、いや、驚いただけだ」


彼に抱きしめられたまま、できるだけ上半身を彼から離そうとして珍妙なエビ反り状態になった私を、手塚くんは冷静に引き寄せ直した。そして彼は、心底驚いたという風にぽつりと言った。


「頬は、柔らかいものなのだな」

「…………。まあ、そりゃあ……」


ほっぺたは柔らかい。うん。それはそうだ。固いほっぺたなんて聞いたことがない。……どう反応せいっちゅーんじゃー!!

返答に困ってもごもご言っていると、手塚くんに後頭部を軽く押さえられて、顔が彼の首もとに埋まった。その行為は私の微妙な心境を吹き飛ばして、一気に高ぶらせた。胸がきゅんとする。ちょっと強引に頭を押さえられるとか、なんて格好いいんだろう。
彼が、私の髪に顔をうずめたのが分かって、心臓が跳ね上がる。早くなりつつあった鼓動が一気に飛び上がる。押しつけられた彼の体から自分のものではない心音が伝わってきて体に溶ける。鼓動が解け合うという表現は、小説の中のことだけじゃない……


微かな風のような音がした。小さいそれが小刻みに聞こえて、私はふと我に返る。これは、何の音だろう。しかも近くから聞こえる。抱きしめられたまま考える。風にしては小さすぎる、身じろぎしたときの衣擦れにしては大きいような。









そして、はたと気がついた。








……手塚くんに、においかがれてる。








「えっと、手塚くん……」

「いい香りがするが、香水ではないな。なぜお前からは甘いにおいがする」

「……クリームか、シャンプーの香りじゃないかな」

「いや、そういった人工的なものではないのだが」


彼は私の髪に鼻をうずめたまましゃべり、そしてまたクンクンと臭いをかぎ始めた。




やっぱりこの人、手塚くんじゃないかもしれない。


(20110513)

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