20万打企画 | ナノ
事件は事件を呼ぶもので

「絶対上手くいくよ」とか「告白しちゃいなよ」とか、いろんなことを友人に言われたけれど、たくましそうな外見に反して臆病な私は行動に移せないでいた。だって相手は手塚国光なのだ。テニス部部長としても生徒会長としても、生徒や教員のみならずPTAの人望にも厚く、優等生で優秀で真面目で、堅物として有名なあの男なのだ。とても自分と同等とは思えない彼に、どうしても尻込みしてしまう。

彼とは、クラスメイトの大石くんを介して偶然知り合い、図書室で再開したことがきっかけで親しくなった。読む本のラインナップが似ていて、感想を交わしてみたら案外価値観が近いことに気がついた。彼が洋書を原作で読み私が和訳版で読んでいたときなんかは、二人で話しているうちに言い回しの違いが分かったりして。とても楽しかった。
こうして約半年の間に少しずつ距離が近づいて、休日には二人で映画を見に行くようになって。気がついたら私は彼に占領されていた。考えているのは彼のこと。会えば自然と笑みがこぼれる。
認めざるを得なかった。彼が好きなんだと。

そして今、私は困っている。分からないのだ。告白が上手くいくかいかないかの前に、そもそも彼は、恋愛に興味があるのだろうか?






事件は事件を呼ぶもので




はっきり言って、彼は表情が乏しい。数ヶ月前、手塚くんと立ち話をしていたらどっかから菊丸くんが飛んできて、ネコみたいな目をいたずらっぽく輝かせながら唐突に聞いてきた。


「ねーねーキミ、手塚とよく話してるけど、考えてること分かるの?」

「へ?うん、まあ、無口ってわけじゃないし」

「えーでも、手塚って無愛想で無表情じゃん?」


私は詰まった。否定できない。むしろ超同意する。だが彼の前でそれを肯定するのは失礼な気がして、慌ててフォローしようとした。


「いやでも、考えははっきり言ってくれるし、その別に無表情でも大丈夫っていうか」


これ、フォローになってないや。言いながら青ざめた私に、菊丸くんは明るく「そっか、おじゃましましたー。まったねー!」と言い放ち、これまた唐突に去っていった。残されたのは、言葉を失った私と、しばらくの沈黙ののちに「……善処しよう」と言った手塚くん。更に慌てた私は「いやいや、そのままの手塚くんがいいから!」と言ってしまって、眉間にしわを寄せる彼の横で一人赤面するハメになった。




このことは、思い返すたびに笑ってしまう。本当に焦ったんだよなあ、私。今ならもうちょっと上手く対応できるかもしれない。でも今は彼のことが好きだから、今のままの君が良いなんて言った暁には穴に入ってそのまま引きこもりたくなるに違いない。


「夏目、どうした?」


帰り道、隣を歩いていた手塚くんに言われて、ごめんなんでもない、思い出し笑い、と返事をした。彼は表情を変えぬまま、そうかと言って、また無言になる。彼との間に流れる沈黙は嫌いじゃない。普段の彼は割と私を気遣ってくれているようで、ぽつぽつを話題を振ってくれる。だが今日の彼はあまり語らない。疲れているんだろうか。気分を害してしまったわけじゃないとは思うけど。


「夏目」

「ん?」


いつも分かれる交差点で、じゃあまた明日、と言おうとしたら、その前に名前を呼ばれた。彼はこちらに向き直って、いつも通りの落ち着いた明瞭な口調で言う。






「好きだ」






浮かれていた気持ちが突然ぎゅうっと鷲掴みにされて、私は酸素不足の魚みたいに口をぱかりと開けた。




***




携帯を握りしめたまま、ベッドに転がった。ふわふわの枕に顔をうずめるけれど、いつもと違って落ち着かなくて、私は枕を抱えてごろごろ右へ左へ転がった。まだ夢の中にいるみたい。さっきの晩ご飯が何だったかさえ既に思い出せない。突然の告白。彼がそんなことを言ってくれるとは予想もしてなかった。ずうっと迷っていて苦しかった気持ちが、今は嘘みたいに晴れている。ドキドキがまだ収まらなくて、体が熱い。両思い、なんだ。

あの告白の後、「私も好き」ととっさに告白し返した。彼はやっぱり表情をあまり変えぬまま「そうか、それならば良かった。ではまた明日」とあっさり帰って行った。……なんかちょっとむなしい気分になったけど、彼らしい。私は本当は、甘えてべたべたしたかった。腕を組んだり抱きついたり抱きつかれたりしたかった。彼はそういうのを嫌いそうだ。彼はクールで、とても大人っぽい。昭和的な、いやむしろ明治大正的な「清く正しいおつきあい」が好きそうで、私の願望はたぶん叶わない。
でもそれでもいい。彼と付き合うことができるのならば。


夢うつつでぼんやり考えていると携帯が鳴った。メールを受信したようだ。確認すると、サブディスプレイに光る『手塚国光』の文字。
まさか、「さっきのは無しにしてくれ」じゃないよね。いやいやそんな残酷なことをする人ではあるまい。じゃあなんだろう。これからのことかな。ベタベタされるのが嫌いだからするな、とか先に牽制されたりして。
彼は普段、あまりメールをしない。映画に行くときも基本は電話だ。そんな彼がメールとは、口では言いにくいことだったりするのかな。いろいろな不安と期待でドキドキしながらボタンを押す。時間は、夜の8時をまわっていた。








『愛してる、会いたいv』








バキリ。





私は思わず携帯を逆の方向に折った。

ディスプレイから光は消えて、一瞬で携帯は昇天した。私は二つに分かれた携帯を片方ずつ握りしめて、呆然とした。



手塚くんってクールな男だよね?そのはずだよね?冷静沈着で大人っぽくて、人付き合いは割とドライな男だよね?べたべたした関係を好まなさそうだよね?好きとか言うのも某文豪みたいに『月が綺麗ですね』とか言っちゃいそうなくらい奥ゆかしいよね?




『愛してる』?




『会いたいv』?






……誰?


(20110325)

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