10万Hit&バレンタイン企画 | ナノ
幸村くんの場合


優、と精市に呼び止められて、彼の隣に座らせられる。彼はこほん、とわざとらしく咳払いをしてから、白い包みを取り出した。少しクリームがかった上品な包み紙に、薄い青と濃い青のリボンが掛けられている。
突然のことに困惑した優が、もらったの?と聞くと、彼は笑みを浮かべて首を横にふった。


「これ、君に」


彼はさりげなく優の髪を手に取って軽くひっぱった。髪を引かれる感覚が、あっけにとられていた優の意識を呼び戻した。


「……へ?」

「いや、へ、じゃなくてさ。ほら、最近は逆チョコとかあるだろう?俺もやってみようと思って。そもそも世界のスタンダードでは男性が贈ることが多いみたいだし」


彼はにこにこしたまま、またちょっと髪をひっぱってくる。優は思わぬ出来事に呆然としていて、ただ髪をひっぱられるごとに少しずつ恥ずかしさが募ってきた。もしかしたら顔が赤いかもしれない。あれ、彼が私の髪の毛をひっぱってる。今までこんなこと、したことなかったのに、今日は距離が近い。


「びっくり、した。まさか……、私に?もらっていいの?」

「まあ驚くとは思っていたよ。普通は逆チョコなんてしないしね。まあ俺は普通じゃないからいいんだけどね。王者立海だし部長だしテニス強いし。俺が普通の枠にはまらなきゃいけないなんて誰が決めたんだい?自分で限界を壊さないと本当の自分の実力は分からないものだよ、そうでないと努力のしがいもないしね」


言葉が出てこない優とは反対に、精市は普段よりもずっと饒舌だった。
優はぼんやりと、どうしたんだろう、何も聞いていないのに、と思う。それに、よく考えなくても逆チョコと王者立海とか部長って関係なくないか。なんかだんだんチョコの話をしているのかテニスの話をしているのか分からなくなってきた。


「だいたい、男のくせに女性の行動待ちだなんて女々しいと思わないかい。自分はただ受け身で待っているだけのくせに好みのラブロマンスが来ることを願っているなんて他力本願もいいところだろ。いや、否定しているわけじゃないけどね、それはそれで確かに男のロマンはあるみたいだし。俺の好みではないけどね、例えば真田なんてあんな顔して実はバレンタインにチョコもらうのが好きだったりして」


彼はいつもの笑顔でにこにこしながら、いつもと違う言葉をぺらぺらと話しつつ、なぜか自分が出したはずの白い包みに手を掛けて、しゅるりとリボンを外した。かさり、と包装紙のこすれる音がして、そうこうしているうちに中から琥珀色の箱が現れた。優が目を丸くして見守る間に彼はあっさりと箱を開け、その中からはココアパウダーのかかった丸いものが顔を覗かせていた。


「チョコトリュフ?」

「うん、そう。俺の手作りのチョコを食べられるなんて、優くらいだよ」


彼は箱の蓋からプラスチックの小さなフォークを取り出すと、トリュフに遠慮なく突き刺す。そして、それをこちらに差し出してきた。


「……え?」

「ほら、口開けて」

「え、いや、ちょっ、待っ」

「待たない。俺の手から食べられるなんて贅沢だろ?」

「うん、いやそれは完全に同意するけど、あの」

「口を開けて。さあ」


優は突然の展開に目を白黒させていたが、だんだん近づいてくるトリュフに観念して口を開いた。そのとき、ようやく優は精市の表情に気がついた。

照れてる。彼は、今日は珍しく饒舌だった。しかも話の内容が微妙に意味不明だったし。それに何より、ちょっと乱暴で強引だった。それはもしかして、照れていたから?

口の中にとろりとした甘い茶色がひろがる。口の中から鼻孔へ、甘い甘いチョコレートの香りが抜けてその先へ消える。ゆっくりと歯を沿わせると、ゆっくりとそれは口の中で形を変えて舌にのる。


「美味しいかい?」

「ねえ、精市」

「どうしたの?」


ああ、困ったなあ。全く、参ったなあ。これじゃあ私は形無しだ。精市は本当に器用なんだ。嬉しいんだか、ちょっと悔しいんだか。
精市は優の顔を見て不思議そうな顔をした。


「ねえ、こんなに美味しいの作られちゃったら私、精市にチョコ渡せないよ」


その言葉を聞いた精市は、バカなことを言うね、とにっこり微笑んだ。


(20110215)

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