10万Hit&バレンタイン企画 | ナノ
柳生くんの場合


「風紀委員の規則ってどうなってるの?」


柳生くんは理知的な人だから、だらだらした話し方を嫌うに違いない。きっときちんとした話し方をして、知的な話題を提供できる女の子を好むに違いない。彼と会話をする前はいつもそう考える。知的な話題を出すのは難しいけれど、話し方だったら気を付ければどうにかなるかもしれない。だから彼と話すときは、できるだけ無駄のない分かりやすい話し方をしようと心がけているつもりだ。
でも今日は緊張しすぎていたらしい。できるだけ端的に聞こうと思ったら、はしょりすぎて重要な部分が抜けた。でも頭のいい柳生くんは理解できたらしく、彼はなんてことのない顔をしてバレンタインですか、とつぶやいた。


「うん。なんか真田くんだけが取り締まってるって聞いたんだけど」

「そうですね……、バレンタインのお菓子はグレーですね」

「グレー?」


おうむ返しをすると、柳生くんは整った眉をハの字にして、困ったような顔をした。


「基本的に余計なものは持ってきてはいけないということになっています。ですが、実際には生徒の自主性に任されているので、普段からお菓子や音楽プレーヤーの持ち込みもそこまで制限されていませんよね」

「うん、そうだね。先生も何も言わないし」

「なので、グレーなのです。原則的には駄目なのですが黙認されているので」

「じゃあなんで真田くんは取り締まってるの?」


彼はぐっと詰まった。眼鏡を手で押し上げて少し考えた後、彼は口を開いた。こうして優と柳生が話している間にも、さっき渡してきちゃったあ、いいなあ私まだ渡せてなあい、と口々に会話をしながら女の子たちが笑い過ぎていく。
柳生くんは一回何かを言おうと口を開いたが、思い直して黙った。そして再び言葉を発したときは、意を決したような顔をしていた。


「それは、真田くんの趣味です」

「…………え?」

「その、言いにくい話ではあるのですが。真田くんはバレンタインが嫌いなようで、なので……」


珍しく口ごもる彼に、優は思わず微妙な顔になった。
あの真田くんがバレンタイン中止派男子だったとは。いや、むしろバレンタイン撲滅派か。バレンタイン嫌いの男子はたいてい「チョコがもらえないから」という理由をかかげるけど、真田くんはそれなりに女の子に人気があるというのに。もったいないことだ。きっと彼は、このふわふわした雰囲気自体が気にくわないに違いない。「日本男児たるもの、こんな甘ったるいものを食していられぬ!」とでも叫びそうだもんな、真田くんは。
優は目の前の柳生くんの様子をぬすみ見た。柳生くんは、真田くんの行動に対して微妙な反応をしめしている。ということは、柳生くんは少なくともバレンタイン嫌いではないはずだ。


「柳生くんは、嫌い?バレンタインのチョコレート」

「私は特に何も思わな」

「その!……渡したら受け取ってくれる?」


タイミング早まった。そう思った時には既に遅く、何かを言いかけていた彼の言葉を遮ってしまっていた。
やばい、どうしよう。握っている手がじわりと汗ばんでいる。力強く拳を握っているはずなのに妙に力が入らなくて、チョコを入れたトートバッグが手からすべり落ちてしまいそうだった。なんとかうつむかないように我慢しているけど、目は合わせられない。1秒、2秒、3秒。柳生くんはまだ何も言わない。もう1分くらい経ってるんじゃない?早く何か言ってくれたらいいのに。ああ、でも「すみませんが、私は好きでもない人からチョコレートを受け取るようなことはしないのです、不埒ですから」なんて、その優しい顔で言われてしまったら立ち直れない。それなら永遠に沈黙のままでもいいか、いや、でもそれはそれで生殺しで嫌だ。


「――私に、ですか?」


言葉が出てこなくて、目を反らしたままこくりとうなづく。彼はどう思っているんだろう。あきれたり嫌がられたりしていないかな。


「とても嬉しいです」


その一言を聞いて、優はとっさにトートからチョコを引っ張り出すと、勢い良く柳生くんの胸あたりに押しつけた。……つもりだったけど、彼は予想外に背が高くて、実際は勢いよくみぞおちにチョコレートアタックをかましてしまった気がする。
まだ、目を合わせられない。
彼の体が動いて、チョコを持った優の手に横から両手で触れた。


「本当にもらっていいんですか?」

「や、柳生くんにもらって欲しいって思って、甘いのが好きかどうか分からなくて、ちょっと甘さ控えめにしてみたんだけど、気に入ってもらえたらいいなあって」


だめだ、緊張して、せっかく気を付けていた話し方が支離滅裂になっている。
それでも彼は大切に食べさせてもらいますなんて優しく言ってくれたものだから、優は今ならもうどうなってもいいやと思った。


(20110214)

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