10万Hit&バレンタイン企画 | ナノ
桑原くんの場合


ジャッカル桑原は誰しも認めるイイやつである。むしろ立海でイイやつといえばジャッカルで、ジャッカルを一言で表せばイイやつである。彼は大変な苦労性で、切原赤也のおもりや丸井ブン太の世話で頭を抱えているとか、連帯責任で副部長に殴られたとか、本国の父親が無職になったとか、涙を誘うエピソードは絶えない。
特にテニス部の二人との小話は腐るほどある。だいたい奔放な彼らに振り回され、タカられ、時に保護者となり、全く涙ぐましい努力をしているのだが一向に報われない。

しかしそんな報われなさも彼のイイやつ感をアップさせていて、誰にも憎まれないあたりが彼の役得というべきか。
そんないつもため息をついていそうな彼が、今日は珍しくも元気だった。


「何かいいことでもあった?なんか今日のジャッカルには違和感が……」


そう、何か違和感がある。元気であることじゃなくて、もっと視覚的な問題で。ジャッカルが、普段だったら絶対にできないようなことをしているというか。原因はなんだ。


「まあな。ほら、これ」


彼が机を指さすと、そこにはてんこ盛りのお菓子とおぼしき包みがあった。今の彼も、つい先ほど誰かからもらったのだろうか、ピンク色の包みを持っている。きっとバレンタインの贈り物だろう。


「おおモテモテ!やるねー、良かったね。お目当ての子からもらったとか?」

「いや、ほとんどブン太のついでにくれたってパターンだけどな」


彼は苦笑していたが、それでも嬉しそうだ。ついで扱いでも嬉しいもんなのか、苦労してるなあと優は思ったが、それと同時に違和感の正体に気がついた。
あのジャッカルがお菓子を持っている。
これはありえないことだった。だって、いつもだったら。


「うわーっすごい。よくぞ死守したね、そのお菓子!いつもだったら丸井くんに食べられてるじゃん」

「はは、今日はその必要がねえんだよ。ブン太は俺の比じゃないくらい、嫌っていうほどもらってるからな」

「なるほど」


優は納得した。いつもだったら何か良い物をもらったところで横から誰かに強奪されるのがお約束なのに、今日ばかりはそのお約束もないらしい。
彼はとても機嫌が良く、いつもは愚痴で饒舌な彼が別の方向で饒舌になっていた。


「これだけあれば、ブン太にたかられてもわざわざ菓子を買わずに済むしな!それに、ずっと節約生活だったからな、最近は全然甘いモンとか食ってなかったんだ」

「ご両親に仕送りしてるんだっけ?親孝行だよねえ」

「これだけあればしばらく食費が浮くぜ!チョコは腹がふくれるからな!」

「……いやその、ご飯は栄養をちゃんと考えて食べた方がいいよ、体に悪いから」


上機嫌の理由は丸井くんに奪われない、だけじゃなかったらしい。彼の喜びの理由までが人の涙をさそうとは、つくづく受難続きの人生だ。受難って、神様か。ああ、このつるっとした黒い頭の光はもしかしたら電灯の反射じゃなくて神さま的な後光だったのか。人類の苦労を身代わりになって一身に背負っていらっしゃるのか。


「ってお前なんで俺のことを拝みだしたんだ。俺はお地蔵様か」

「おおジャッカル神よ、これがワタクシからの捧げ物でございます」


渡そうと思っていた「捧げ物」のチョコレートマフィンを差し出すと、ジャッカルからの反応が途絶えた。ジョークが通じないキャラでもないし、どうしたんだろう。疑問に思って顔を上げた優はぎょっとした。彼はマフィンを見つめたまま、目を潤ませていた。苦労のあまり叫んだりうなったりする姿はよく見たが涙目状態の彼は見たことがなかったので、優はひるんだ。


「これ、俺にか?」

「うん。えと、どうしたの?」

「くうーっ!だってお前、ブン太とは知り合いじゃないだろ」

「うん、そうだけど?」

「ブン太のおすそわけ以外でチョコもらったの、初めてだ」


ジャッカルの感極まった声に、優は固まった。それで喜ぶって。こんなことで喜ぶって。妙な「初めて」をもらってしまったものだ。なんだか申し訳がない。私が本命の女の子だったらどんなにか嬉しかろうに。


「みんなの分の幸せがちょっとだけでもジャッカルにおすそわけできればいいと思ってるよ、うん」

「おう」


自分が不運だと認識しているあたり、中学生で不運さを自覚せざるを得ないあたり、やっぱりジャッカルは苦労人だった。その称号を返却できる日はまだまだ遠いようだ。


(20110213)

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