10万Hit&バレンタイン企画 | ナノ
仁王くんの場合


教室のすみっこで、夏目優と仁王雅治は対峙していた。まるで真剣での決闘をしているかのような、隙を見せれば殺されるとでも言い出しそうな緊張が二人の間に流れている。お互いがお互いに顔色をうかがいあっていて、このままずっと明日になるまで二人は動かないんじゃないかとでも思えそうな様子だ。優は片手に「あるもの」を持ってそれを雅治の方に突きつけたまま微動だにもしない。

沈黙をやぶったのは雅治だった。固まったまま、薄いその唇を微かにうごかす。


「これ、俺にか?」

「いかにも」


真剣な顔をして、優は答える。雅治も真剣な顔のまま、再び問いかける。


「これは、何じゃ」

「見て分からない?今日はバレンタインだよ」


優はぐいっと、更に「あるもの」を雅治に対して押しつけた。


「いやいやいや、それはないぜよ」

「なんでないのよ、どこもおかしくないじゃん。バレンタイン必須といえばコレでしょ」

「なんでバレンタイン必須のモノがそれなんじゃ!なんじゃそれは」


雅治の言葉に、優はひたいを押さえてやれやれ、と肩をすくめて見せた。


「ふー、全く。――見るからに、紙袋だな」

「プリ」


彼はおそるおそる優から紙袋を受け取り、中をのぞいた。何も入っていない。本当に、ただの紙袋であるようだ。
雅治とは反対に、無事に紙袋を渡せた優は満足そうな顔をした。


「中身がない……。紙袋だけって、意味が分からないぜよ」

「役に立つでしょ?ほら、いっぱいチョコもらってるし」


優は、チョコレートで溢れかえっている雅治の鞄を指さした。既に鞄はぱんぱんで、その上机にもチョコが入っている。きっと、これからもチョコを渡しに来る女の子が後を絶たないだろう。


「もしかして、チョコを中に入れたらええってことか」

「それ以外に何があると言うんだね」

「可愛くないぜよ」

「やかましい。だいたい、チョコはもうお腹いっぱいでしょ。それに比べて、見よこの機能的な紙袋を!マチも広く底も深くて大容量、その上丈夫な素材でできており、しかし取っ手は手にやさしい布製の……」

「プピ」


語っていたところを遮られて、優は不服な気分になった。だが雅治を見ると、相手は自分よりももっと不服そうな顔をしていた。


「男は機能よりもロマンが欲しいイキモノなんじゃ」

「それだけチョコもらったらもうロマンは十分じゃん。それに、今あるチョコでもこれ、全部食べきれるの?」

「う。そ、それはテニス部に」

「ええ、もしかして他の部員に横流ししてるの!?」


せっかく渡しても食べてもらえるか分からないのか。優が思わず声を上げると、雅治はばつが悪そうな顔をした。


「仕方なかろ、うちの家族でもこんなには食べ切れん。捨てるよりはましじゃ」

「確かにその量はちょっと無理だけど……、ロマンだけ受け取るってか」

「そうじゃ。というわけで、チョコちょーだい。友チョコくらいくれたってええじゃろ」


困った。友達には確かにチョコをあげたけど、もう何も残ってない。まさか仁王雅治にねだられるとは思ってなかった。その時、ポケットにお菓子を入れていたことを思い出した。
小さなチョコの包みを一つ、大きな紙袋に入れて渡す。


「なんというナイスアイデア。紙袋いっぱいのロマンとちょっとだけのチョコを君に!」

「……おまんらしいの」


眉尻を下げて紙袋を受け取った仁王は、さっきよりもちょっとだけ元気になっていた。


(20110213)

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