10万Hit&バレンタイン企画 | ナノ
丸井くんの場合


本日の練習を終え、着替え終わって部室から出た切原赤也がふとコートの外を見ると、そこには女子の群れがあった。集団というべきかもしれないがここは群れと表現したい。目をらんらんと輝かせて、テニスをする赤也たちを獲物のように見つめていたから。赤也はほほを引きつらせて、隣にいた丸井ブン太に話しかけた。


「丸井先輩、あれ」

「ああ、ま、しゃーねえな。チョコくれるし今日くらいいいだろ」


普段なら「邪魔」とでも切って捨てそうなブン太の台詞に、赤也は眉を上げた。


「ずいぶん割り切ってるッスね。どうするんスか、帰りは女子どもに囲まれますよ」

「去年はどーしたんだよ、お前」

「たまたま風邪引いて学校に来てなかったんスよ。で、どうすりゃアレ、突破できるんスか」

「ああーそうか。ま、俺には関係ねえな」


コートから一歩出れば丸井先輩だってぜってえ女に囲まれんのに。そんな赤也の内心を読み取ったのか、ブン太はほれ、と言ってあごでフェンスの向こう側を指した。そこでは一人の女子がこちらに向かってぶんぶんと手を振って、「ぶーんーたー!」と叫んでいた。


「彼女ッスか?」

「お前知らなかったのかよ。結構有名なんだぜぃ、俺ら。『立海一のバカ夫婦』ってな」

「……それ、自慢できることじゃないッスよ」

「どうしてだよ。要するにラブラブってことだろ」


やたらとポジティブな言葉を残して彼女の方に歩き出したブン太を、慌てて赤也は追いかけた。だんだんはっきりと見えて来た彼女は、まあ普通の女子って感じで、ただニコニコと嬉しそうに笑っている。


「ぶんたー!ハッピーバレンタイン、プレゼントフォーユー!」

「さんきゅ、優」


赤也はぱかっと口を開けた。あの丸井先輩が、あのモテ男の丸井先輩が嬉しそうにしている。そして照れもせず当たり前のようにチョコを受け取ったその行動に、二人の仲の長さを感じる。立海一のバカ夫婦って、ただの彼女じゃなくて幼なじみかなんかなのか?


「あー腹減った。今俺がここで味をチェックしてやるぜ」

「はい、これ」


彼女は、何故か鞄からおしぼりとフォークを取り出してブン太に渡した。
なんでだよ、普通鞄にフォークなんて入ってないだろ!赤也は思わずツッコミそうになったが、考えてみれば、それだけ彼女が彼の行動を想定していたということになる。
ブン太は手を拭いて奇麗なラッピングをほどくと、現れたチョコレートケーキにためらいなくフォークを突き立てた。


「ん。おお、美味いじゃん」

「へへ、頑張ったもんね!おかげさまで努力は実った!」

「そうだな、お前頑張ってたもんな」


二人の会話を聞いて、赤也は首をかしげた。普通、彼氏に渡すチョコを作る練習をしてたとしても、それって彼氏にかくさねえ?なんで丸井先輩は知ってんだ。「お前の行動はお見通しだ!」ってやつなのか。それともこれが「夫婦」の愛のなせる技……なのか。


「うーん、でも残念だったな、新鮮味がねえ」

「うう……ごめん……」


赤也はこおりついた。さっきまで褒めまくっていたと思ったら、いきなりけなし始めた。せっかく作ってもらっているというのに。

「な、ちょっとそれひどくないッスか」

「仕方ねえだろ、10日間も同じもん食い続けてんだから」

「は?」


目の前で俺等のやりとりを聞いていた彼女は目をぱちくりさせてから、くすくす笑いだした。


「あのね、私、ずっとブン太にチョコケーキの作り方教えてもらってたの」

「……へ?」

「ほら、俺、菓子作んの上手いだろ。だから、けなげにも俺に上手いチョコケーキを贈りたいって言ってきた優に手取り足取り教えたってこと」


これは天然なのか、それともただの盲目状態か。確かに二人は「立海一のバカ夫婦」だなと、赤也は妙に納得した。


(20110213)

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