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まさかのルヴィク夢

静謐。柔らかな風の音が微かに響く。
あたりには車椅子や寝台が乱雑に転がっていた。床や壁にはところどころ血糊がべっとりと付いている。人の気配はない。廃墟にしては建物が綺麗だ。ここはどうやら病院らしい。

私は白くて長いワンピースを着て、廊下とおぼしき場所に立っていた。汚れて曇った細長い窓からは月光が差し込んで、ぼろぼろに裂けて微かに揺れるカーテンを灰色に照らしていた。

退廃的で美しく、非現実的な空間。
これは夢だ。はっきりわかる。
ときどき夢だとわかる夢を見る。今回もそうだ。

私は何をするでもなく立っていた。

「ラウラ!」

突然、男性の声が響く。
振り返ると、白いローブを着た男が驚いたような表情で立っていた。その顔は白く、しかし半分赤くただれ、火傷のようなケロイドが首から下へと続いている。

男は醜く、同時に彫像のように美しい。

彼は私の顔を認めると目を大きく見開き、それから不愉快そうに眉を潜めた。
フッと姿が消える。と思うや否や、彼は息が掛かりそうなほど近くに現れた。
私が息を飲むのと、彼が私の肩を強く掴んだのはほぼ同時だった。

「痛っ」
「お前は誰だ。なぜここにいる」

彼の力はますます強くなり、薄灰色の目で蛇のように睨んでくる。私は痛みに顔を歪めた。

「苗字、名前」
「……どうやってここへ来た」
「何を言っているのかわからないけど、寝て、気がついたらここに」

どうやってもなにも、そもそも私の夢じゃないか。そう言いたかったが彼の迫力に言葉を飲みこんだ。
彼は考え込むような仕草をすると、私から手を離した。

「お前はビーコン精神病院の患者か」
「いいえ。その近くに住んではいるけれど。……ここ、もしかして、ビーコン精神病院なの?」

私がこの街に引っ越してきたのはほんの二週間前のことだ。オフィスの詰まった超高層ビル群と歴史的で古風な建物が混在する街だ。ビーコン精神病院はうちからほど近い場所にあって、その建物は古風で堅牢だった。建物の頂点には祈りを捧げる人の像が立っていて、一見するとまるで教会のように見えた。

「そうでもあり、そうでないとも言える」

彼は目を細めると私の顔の前に手を伸ばした。
次の瞬間、私の意識は黒く染まった。


***


誰かがピアノを弾いている。この曲には聞き覚えがあった。ドビュッシーの『月の光』だ。
頭がズキズキと痛む。うっすら目を開けると、枕元に卓上ランプが灯っているのが目に入った。いつの間にかベッドに寝かされていた。

まだ、夢は続いているらしい。寝ながら寝る夢を見るとは。

身を起こすとそこは洋館の一室のような部屋で、黒いグランドピアノが置いてあった。白いローブの男がピアノを弾いている。
――彼だ。
彼は首を回して私をちらりと見たが、特に気にせずピアノを引き続けている。

ベッドから降りてあたりを見回すと、丁度ピアノ脇の壁に肖像画が飾ってあるのが目にとまった。近づいてよく見てみると、それは家族の絵のようだった。
金髪に髭を蓄えた男性、黒髪の美しい女性。二人の子供らしき金髪の少年と、腰まで黒髪を伸ばした赤いワンピースの若い女性。

見た瞬間、一つのアイデアが頭に浮かんできた。
この少年はたぶん彼だ。そしておそらく――彼が言った「ラウラ」とはこの若い女性のことだ。きっと、彼のお姉さん。
私は黒髪を腰まで伸ばしている。だから後ろ姿を見て間違えたんだ。
そう思った。

ピアノの音が止む。

「疑問は多い。が、私にとっては好都合だ」

彼は立ち上がると、ゆっくりとこちらへ歩み寄り、私の目の前に立った。フードから覗く右の額には縫い目のような手術痕があった。
退廃的なその姿に見惚れていると、彼は薄らと笑みを浮かべて私の顎をすくった。

「すばらしい。何もせずとも共鳴できる人間がいるとは。大きな収穫だ」
「あの、一体何の話で……あ」

突然、ぐわんと視界が揺らいだ。目眩がして、頭が再び痛みはじめる。

「時間切れか」
「う……あの、貴方は……」

たまらず崩れ落ちて膝を付く。意識が途切れるその寸前に、彼の低い声が聞こえた。


――私の名は、ルヴィク。

--


ちょっとだけゲームの設定説明。

主人公はおじさん刑事のセバスチャン。ビーコン精神病院で起きた大量殺人事件の調査に向かったところ、事件の犯人であるルヴィクが作り出した世界に囚われるはめになってしまう。ルヴィクの罠や敵の攻撃を逃れてそこからどうにか脱出せよ!

……という話です。
ルヴィクと意識が接続すると、接続した人はルヴィクの影響を受けて、ルヴィクの世界に入ることになります。

※かなりぼかして書いているのでわかりにくいかも。

本来、ルヴィクと意識を繋げる(=ルヴィクの世界に入る)には「あること」をしなければならないのですが(セバスチャンはそれをしている)、夢主はなぜか寝るだけでルヴィクと意識が繋がる=ルヴィクの世界へ行ける。という特殊設定です。

2014/10/30 23:03
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