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バッドトリップ! #10

「どういう意味だ」

跡部ははっきりと問うたが、その顔は蒼白だった。斎藤さんは跡部から目をそらして私に向き直ると、言いにくそうに口を開いた。

「警察に電話が入る数分前に、女の子が通学路を一人歩く姿は映っていた。そう、君だ。だが跡部君はどこにも映っていない。誰かが車で運んで現場に下ろしたのかとも考えたが、あの時刻前後には車は全く映っていなかった」

私はつばを飲み込んだ。つまり……どういうことだろう。跡部は漫画のキャラクターなんだから、どこかで「こちらの世界」へ現れたはずだ。それが、私たちの倒れていたあの場所だということだろうか。

「君がカメラの前を通る一時間前になら車が何台かあの場所を通りすぎている。しかしその車から跡部君が降りたということはあり得ない。最後の車が通り過ぎてから、君と同じ学校の生徒が何人かあの場所を通りすぎているんだ。だが、誰も跡部君のことは見ていないと言っている」

言葉も出ない私たちを前にして、斎藤さんは辛抱強く説明を続けた。

「狭い道だから見落とすはずはない。……つまり、分からないんだ。跡部君がどうやってあの場所へ行ったのか、が」

長い沈黙が落ちた。斎藤さんは気まずそうに黙り、跡部は石のように固まっている。
私は必死で考えを巡らせていた。斎藤さんは私たちの会話を盗み聞きしてたらしいが、跡部がトリップしてきたことは信じていないみたいだ。仕方がないことだけど。ただ彼は、跡部がトリップしてきたことで現実に起きた歪みに気がついている。捜索願が出されていないとか、カメラに映っていないとか。それで、それで……私はどうしたらいいんだろう?

何もできずにいると、跡部はゆっくりと口を開いた。

「斎藤さん。なぜ、今のタイミングでそれを言った?」
「え?」
「事件が起きて、現場付近にカメラが設置されているなら、警察は真っ先にカメラの映像を調べるだろう。お前らはとっくに『俺が映ってない』ことを知っていたはずだ。だが今までその事実を俺に隠していた」
「それは」
「なぜだ?俺様が子供だから気を使ったのか」

斎藤さんは頭を抱えて少し笑った。

「……君は頭もいいんだな。その通りだ。だけど子供だから気遣って隠していたわけじゃない」
「ならば、何故」
「わからないんだ」
「はあ?」

跡部は変な顔をした。一方の斎藤さんは眉間に皺を寄せて、難しい顔になった。

「忘れていたんだ、そのことを。君たちの会話を盗み聞くまで」
「アーン!?忘れていただと!?」

跡部は血相を変えてベッドから腰を浮かせたが、斎藤さんは冷静なままだった。

「おかしいんだ、それも」
「どういう意味ですか」
「事件にまつわる不可解ななことを警察官である僕が忘れるはずがない。手帳にもメモしてあるし同僚や上司にも報告した。それなのに、僕はその事実をすっかり忘れていた。電話で確かめてみたが、同僚も上司もすっかり忘れていた……不自然なくらいに、ね」

私たちが呆気に取られていると、斎藤さんは更に驚くべき事実を付け加えた。

「おかしいんだ、皆。そもそもが皆、この跡部君にまつわる事件に対して恐ろしく無関心だ。いや、無関心というより、『この事件に気がついていない』」
「気がついて、いない、ですか」
「そう。この事件の話をしても皆すぐに忘れてしまう。跡部君の存在は覚えているのに、事件そのものについてはすぐに忘れてしまって、気がつかなくなる」

それもまた、歪みの一つだろうか。
跡部とつないだ手がじわり、汗ばむ。

2014/08/25 23:33
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