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ハロウィーンの敗北(幸村)

土曜日は仮装をして友達と遊園地へ出掛けた。日曜日はお母さんと一緒にカボチャケーキとカボチャ尽くしのごちそうを作った。それから数日経ち週末の興奮はすっかり冷めて、今日は平日。ハロウィーン当日ではあるけれど学校があるからなんてことのない日常がやってくる。
体育館で放課後に仮装ダンスパーティーでもあれば楽しいのになあ。そんなことを考えながら教室に入って、隣の席の幸村くんに挨拶をする。

「おはよ、幸村くん」
「おはよう。今日はハロウィーンだね」

同じクラスになってからだいぶ経つのに、幸村くんとまともに話すのは初めてだった。彼は春には入院していたし退院後はテニスの大会でぴりぴりしていて近づきがたい存在だった。でも夏を終えた彼はすっかり穏やかな雰囲気になっていた。隣の席になったばかりの私に今こうして話題を振ってくれたところをみると、本来は人とコミュニケーションを取るのが好きなタイプなのかもしれない。

「うん。でも平日だと盛り上がらないね。学校だけで何もないし」
「はは、今日くらいはみんな仮装が必須になったら面白いのにな」
「うわあ楽しそう。幸村くんは何でも似合いそうだね」

ハンサムだから吸血鬼の領主とかがいいかな。それとも、王子様とか騎士とか正統派もいいかも。
そんなことを妄想していた私に彼はこともなげに言った。

「俺はやるなら血みどろのゾンビかなあ」
「血みどろ!?」

意外と、過激派だった。
私は思わず本気で叫んでしまって、その無遠慮さを打ち消すために慌てて言葉を重ねた。

「あっ、でもさ。仮装はできなくても『トリック・オア・トリート?』だけならできるね」
「ああ。しまったな、今手元にお菓子はないや。丸井あたりにねだられるだろうと思って用意してきたのに部室に置いてきてしまった」
「ふっふっふ、スキあり!トリック・オア・トリート?」

思わずにんまりして言ってみる。

言ってみた、それだけのつもりだった。本気でお菓子をねだる気もいたずらする気もなかったのだ。
それなのに彼は、にこにこと笑いながら私に向き直って言い放った。

「いたずらしていいよ」

私は困惑して言葉を失った。

「どうしたんだい?」

その原因である張本人は首をかしげて私を見る。真面目な顔をしているけれど、私をからかっているのかもしれない。真意が読めないでいると、彼は付け加えた。

「冗談じゃないから遠慮しなくていいよ」
「私は冗談のつもりだったんだけど」
「俺は本気だから。さあどうぞ」

彼は演説家のようにこちらへ向かって手を広げる。何も考えていなかった私はますます困った。
いたずら?顔に落書きする?いやいやそれはダメだ。物を傷つけたりするのもナシ。椅子にブーブークッションをしかける……のはしてみたいけれど時既に遅し。後は、えーと、えーっと。
彼の笑顔が逆にプレッシャーになって、切羽詰まった私は変なことを口走った。

「じゃあ、髪の毛。三つ編みさせて」
「そんなんでいいのかい?どうぞ」

幸村くんはくるりと180度回って私に背を向ける。
彼の背中を見て、当の困惑していた私は開き直った。ええい、やるっきゃない。幸村くんは怒らなさそうだし、いたずらされるというのになぜかノリノリだし、言い出しっぺは私だし。
鞄から櫛を取り出して、そっと彼のウェーブがかった髪に触る。それは柔らかくてさらりとした手触りで、私は彼の髪の艶やかさに嫉妬した。何この綺麗さ。男のくせに私よりずっと綺麗だし。だんだん腹が立ってきてどんどん三つ編みを作り始める。

「おや、恐る恐るだったのに大胆になったね」
「へーんだ。女の子みたいに綺麗な髪で腹立つ!」
「そんなこと言われてもなあ。君の髪も美しいよ」
「ハイハイ、お世辞はいいですよーだ」
「本気だってば」

私は手を止めて、再び幸村くんの髪をぎゅっと触る。やっぱり髪質もとてもいい気がする。痛んでないし、柔らかいけれどコシもある。櫛でといてもひっかかることがほとんどない。やっぱり腹立つ。
そんなことを考えていると突然、幸村くんが笑いを含んだ声で言った。

「ねえ、俺はお菓子持ってなかったからいたずらを許可しただろ。それで君は俺にいたずらをしてるじゃないか」
「うん」
「だったら、君もお菓子を持ってなかったら俺にいたずらされるべきじゃない?」

しまった。
思わず手を髪から離すと、背中に流れた彼の髪はゆっくりと三つ編みから元の姿へ戻っていった。

彼は振り返って、笑った。なんだか凶悪な笑顔に見える。

「トリック・オア・トリート?」
「……昼休みに買ってきます」
「それでもいいけど、いたずらもさせてもらうよ?」
「なんで!?」

いやいやいや、なんだそれ。それじゃあお菓子あげる意味ないじゃん!
愕然としている間にも、彼は嬉しそうにこちらに手を伸ばしてくる。何をされるんだろう。落書き?変な髪型?強制的変顔?とっさに後じさったら椅子から落ちて私はしこたま尻を打った。

「いったー!」
「大丈夫?保健室にいこう」

彼は立ち上がって机をぐるっと周り、私のそばにしゃがんだ。酷いんだか優しいのかわからない人だ。

「大丈夫」
「大丈夫でもいこう。いたずら代わりにお姫様だっこするから」
「やだ!」
「嫌がられてこそいたずらだよね」
「えっ、やっ」
「そうだ、保健室に行く前に校舎を一周しよう。いたずらだし」
「今なんて言った!?うわあっ」

視界が高くなって、近くにはやたらと嬉しそうな幸村くんの顔がある。ちらほら登校しはじめたクラスメイトの視線が集まってきて、私は顔に血が上るのを自覚した。

「ほら、首に手を回して。しっかりつかまらないと落ちるよ」
「やだー!落としてー!!」
「往生際が悪いなあ。校舎ニ周にするよ?」

仕方なく首に手を回して、恥ずかしいから顔は幸村くんの肩にくっつけて人から見えないようにして。私は恥ずかしさのあまり爆発しそうになった。
日常が来るはずだったのにとんだハロウィーンが来てしまった。敗因は、隣の男が悪魔だと気がつかなかったことだろうか。


(本気だって)

2013/11/30 11:52
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