なにも先行した者が有利である訳ではないのだから…。


















「気に食わんな」


ジトリ、と嫌な湿度が体内に満ちる。首にかかる手には大した力など入ってはいないというのに、なんだこの息苦しさは。アリババは浅い息を繰り返しながら、この圧さえ王の資質というものなのかもしれない…そう考えていた。


「なにが、ですか」


するりとアリババの首に纏い這う指。それにいっそ心の臓まで掴まれているかのような錯覚。やけに張り付く乾いた声帯を動かして、アリババは目の前の人物に問いを投げ掛けた。


「分からんか」
「分かりません」


分かりたくもないと脳内で続けることさえ、目の前の男にはお見通しだろう。嗚呼まったく腹立たしい。


「理由の分からぬものに頭を悩ませながらも毅然とした態度は崩さんか…」


クツリ、と落とされた笑い声は確かにアリババを馬鹿にしているのだろう。まだまだ青臭く若いことなど自覚している。僅かに眉間に皺を寄せながら、アリババはただ真っ直ぐに視線を向ける。笑いに口元を歪ませる男にとって、歯牙にもかけぬ実状だとしても。


「あなたは…一体何が言いたいんですか」


練紅炎という男と対峙する度に自分の卑小さを思い知らされる。思考の読み取りすら儘ならず、ただ個としての差をひたすらに見せつけられるようで。


(そう思うことから既に負けているのだと知っている筈なのに)


無意識にギチリ、と噛み締めた唇。紅炎は静かに笑いを収束させ、ゆっくりと言葉を落とした。


「おまえがただのつまらん子飼いならな…」


今こうなることもなかっただろう。
どこからしくないと思わせる声色…一瞬間後には霧散したソレが、やけに焼きつくのを感じた。


「子飼い、って…」
「文字通りだろう。シンドリア…いや、あの男の傘下に降った亡国の王子」


ゆるりと細められた目の奥の感情とは。紅炎の刺し貫くような眼光に、アリババは声を失った。


「だが、それにただ甘んじ采配を捨て置く訳でもなく…自国の現状も思慕も未来も感情も引っ括め、肩書きさえ掲げ利用して…だというのに己を一抹に添える在り方はなんだ」


おまえはなんなんだ。
そんな題に果たしてなんと口を開けばいい。
アリババは呆然としながら、紅炎の顔を見つめる他なかった。この男が燻らせているものの正体など分かる筈がなかった。


「…あの男が好きか」


正しく飼われているのかもしれないな。そういう意味では。
首に這う手が皮膚をなぞった。そこに咲く色の違いを、アリババはよく知っている。
途端に上がる衝動熱のまま、アリババは紅炎の手を振り払った。躰の温度は高いのに、心がスッと冷える感覚。…何度自分は思い知らされればいい。


「そう恐い顔をするな」


別にどうということもない。…今はな。


「ッ俺は、あなたが嫌いです」


見せつけられるあらゆる力量の差。互いに自覚しているのに、何故こうも波立たせる。
息を荒げてそう告げるアリババに、紅炎はただ「そうか」と返しただけだった。それがまたアリババを苛立たせる。しばらくの沈黙後、紅炎はひとつ笑ってみせた。その笑みは何より深く…先程まで這わされていた指よりも確かに、アリババの深層を捕らえるものだった。
















(あの男と…おまえ自身からさえも)






***


晴希様、この度は150000打企画にご参加下さり誠にありがとうございました!

「ならば奪ってみせよう」というタイトルで書かせて頂いたのですが…いかがでしょうか?見事にシンドバッドさん出ませんでしたすみません!三つ巴って美味しいです…素敵なリクエストをありがとうございました!残念クオリティーではありますが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

それでは本当にありがとうございました!!


(針山うみこ)