化学教師×生徒







どこまでだって飛んで行けそうだ。
アリババは青い空を見上げながら、ふとそう思った。




「アリババくん」



静かに背後から投げ掛けられた声にくるりと振り向く。そこには薄く笑みを刷ったジャーファルがいた。その手には透明な実験器具があり、しかしその透ける明度は黒い液体に遮られ落ちていた。


「約束のものですよ」


熱いので気をつけて下さいと目の前にコトリと置かれたソレ…ビーカーに入った珈琲に思わずアリババの顔が綻ぶ。


「ありがとうございますジャーファルさん!」
「ジャーファル先生…でしょう?」


まあ今は二人きりなので構いませんがね。
僅かに苦笑するジャーファルは、けれどくすりと楽しげで。


「それにしても…毎年一人は必ずいるんですよねぇ、ビーカー入り珈琲を飲みたいという生徒が」


心底不思議だという表情を浮かべるジャーファルにアリババは笑う。


「結構漫画とかドラマとかで見るんですよ…まあちょっとした憧れみたいなものですかね」
「そういうものですか」


湯気の立つ液体はその身の熱さを誇示している。だが火傷をしないよう適度に冷まされているソレに、ジャーファルのアリババへの気遣いが表れていて…。しっかりそれを触れ見て取っているアリババは心の奥がくすぐられているような、そんな上手く言葉に出来ない思いを抱いていた。

ふうふうと息を吹きかけ、そうしてゆっくり傾け流し込む液体。程良い苦味と豊潤な香りが体内を巡り染みていく。一口ひと時のそんな場面に、アリババはどうしようもない幸せを感じていた。ほうっ、と息を吐くアリババを見つめていたジャーファルは、そういえばと唇を開く。


「定期試験お疲れ様でした。今回はいつになく頑張っていたようですね」
「当然じゃないですか。今回の定期試験の結果にこの珈琲がかかってたんですから」


分かってる癖にと口を尖らせるアリババをジャーファルは微笑ましく感じた。

今回の定期試験に当たって、ジャーファルとアリババはある賭けをしていた。それというのも試験後に廊下に貼り出される順位表にアリババの名前が載るかどうかというもので。…記載されていればアリババの勝ちで、ご褒美として一つジャーファルにお願いをきいて貰えることとなっていた。順位表は学年上位十名までしか記載されない。つまりアリババは成績上位十名の中に入る必要があった。アリババは頭は悪くないのだが、特別振るうものがある訳でもなく。日頃から真面目に積み重ねるタイプでもないので、それこそ人並みと言ってしまっても良い人間であった。…だが今回の賭けが決まって直ぐに、それこそ目を見張る努力をアリババは行った。元々悪くない成績であり、打てば響く頭の出来であったアリババは見事上位陣に加わった。順位表が貼り出されたその日にアリババはジャーファルの元へと足を運び、願いを口にした。「ビーカー入り珈琲を飲んでみたい」というアリババにジャーファルは二つ返事で了承し、ビーカーの滅菌消毒のために次の日である本日放課後への誘いとなったのである。



「珍しくお願いがあると言うものですから、一体どんな難題かと思いました」
「…もしかして迷惑でしたか?」
「いえいえ、まさか。君はいつもささやかな願いすら押し込めてしまいますから…むしろもっと我が儘を言っても良いんですよ」


恋人でしょう?少しの甲斐性ならば私にもありますから。
ジャーファルから伸びた手はスルリとアリババの耳を撫でる。それに小さく肩を跳ねさせたアリババは自身の顔に上る熱を自覚し震えた。


「ジャーファルさんは…最高の恋人ですよ。俺なんかには勿体無いくらい」
「ふふ、それは光栄ですね。…けれどアリババくん、私にとっても君は最愛の恋人なんです。ですから"なんか"だなんて言わないで下さい」


そんなことを言う口は塞いでしまいましょうか?
艶やかに引き上げられた口の端に意地悪を見る。アリババは上がり続ける熱にどうとでもなってしまえと目を閉じた。透くビーカーには凪いだ小さな海が在る。







依然として
空はまだ、青い














(まるで世界の端で恋をしているようだ)




***


miou様、この度は50000打企画にご参加下さり誠にありがとうございました!

教師×生徒設定であとはお任せ…との事でしたが…こ、こんなのでよろしいでしょうか?すみません!苦情はいつでもおっしゃって下さいね!(土下座)

それでは本当にありがとうございました!!


(針山うみこ)