きっと浮かれていたんだ。浮かれない訳がない。
それでも、もっと…もっとちゃんと、きみをみていれば。
「ッ、っ、」
「アリババ、くん」
目の前には両手を縛られ、口に布を噛まされた恋人。溶けてしまいそうなほど瞳を潤ませ、離れた此処からでもその震えが伝わるようだ。
「チッ、んだよ早かったなァ?政務官さんよぉ」
今からが楽しいところだったのにと下品な笑いが飛び交った。数にして十数人、アリババと自身を取り囲むように佇んでいる。
「なぜ…」
呆然と無意識に呟いた言葉を拾ったのか、彼の傍らでニヤついている男が片眉を跳ね上げた。
「アンタ、俺らのこと覚えてねぇのか」
そうかそうかと頷いた男は、やや間を置いてからその表情を歪め、苛立ちを篭めた声を落とした。
「ふざけんなよ、アンタのせいで頭は…いや、頭だけじゃねぇ…何十人て仲間が捕まっちまった」
おかげで仕事もロクにこなせない、全部アンタのせいだ。
そう男が口にした瞬間、周囲に佇む者たちから殺意が噴き出した。誰も彼もが自分を睨み付けているのが分かる。そんな一人一人をじいっと観察していると、不意に何カ月か前の出来事が頭を過ぎった。
それはある昼下がりのことだったように思う。シンドリアに広がる森の奥で幾人かの国民が襲われたと報告が上がってきたのだ。中には結構な傷を負わされた者もおり、早急に対処すべきだと決定した。その処理を任されたのが自分で、森の奥に居を構えていた盗賊と対峙し、惜しむことなく力を揮った。本当ならば全員捕らえて何らかの処罰を科すべきだったのだが、その人数の多さゆえ不意を衝かれて何人かを逃してしまったのだ。しかし当初の目的は達成出来、逃した者達も特に動きがみられなかったためその件は一先ず解決したとされていた。捕らえた者達は話を聞き、背景を調べた上で国外追放と決まった。元々シンドリア国民では無く、後ろ暗いものを抱えた状態で目立たないよう国内に入り込んだらしく、シンが頭を抱えていたのを覚えている。
「まさかあなた達はあの時の…」
零した言葉にニヤリと男が汚く口角を上げた。
「そうさ、ようやく思い出したかよ?」
そうして火がついたように四方八方から怒声が響き出す。どこを見渡しても醜く顔を歪めた者ばかり。…ただ一点、未だに震える彼を除いて。
延々と喚き散らしている男達。しかし自分の聴覚が捉えたのはそこまでだった。
(復讐、なんですね)
そうかとやけに冷静な頭の中思う。驚くほどの静けさが身の内で波打っている。
それこそ今までにアリババと外出したことは何度もある。今日も午後から時間が取れたため、一緒に街に下りて店を見てまわった。…その幾度かの外出時に彼を見られたのだろう。そうしてあてられた焦点の先は私ではなくなって。
(嗚呼、)
「…私だけを狙えば良かったというのに」
(私だけであれば)
「馬鹿な、人達ですね」
心が身体が冷えていくのが分かる。スッと冴え、拓かれる視界に眼球は固定される。
蜂蜜色の可愛い子。陽光を内包したような、あたたかく優しい子。
私の……私の大切な、子。
じわりと上る殺意を殺すことなく外に出す。雰囲気の変わった私に男達が急いで武器を取り出した。
(大丈夫)
「大丈夫ですよ」
状況に似つかわしくないほどの落ち着いた声音。そして微笑をひとつ。
そんな自分をある者は訝しげに、ある者は気味悪げに見てくる。
「あなた達は…私の逆鱗に触れた」
(だからね、だから)
「だからちゃんと殺して差し上げます」
…脳のどこかが軋んだ音がした。
地表すら見えない今。汚らしく這いつくばる男達。何の感慨も湧いてこない。腕に幾重にも絡ませた紐がやたら重く感じる。
「本当に…どうしましょうか」
ほんの一瞬き程度の時間だ。苦しげに喘ぐ男達を痛めつけるのにかかった時間は。今度はもう逃げられないように、動くこと自体が苦痛になるように。
(もう、いっそ)
いっそやってしまおうか。視界に在るだけで害悪だ。そんな風に考えつつ自身の傍らに居るアリババをチラリと目の端で確認する。彼はただへたり込みながら呆然と惨状を見渡していた。彼を縛り付けていたものは既に全て解いてある。少し目線を下げれば縛られてついた傷がその朱さを主張していて。思わずギチリと巻き付かせた紐が鳴った。
(もう考えるのも面倒だ)
報復には復讐を。
復讐には報復を。
そうして進ませようとした一歩は、けれど自身の衣服を掴まれることによって阻まれることとなる。
「ジャー…ファル、さん」
なにをするんですか。
なにかするんですか。
これからなにかを。
……だめ、ですよ。
「だめです。ジャーファルさん」
あなたが人を傷付ける理由が自分だとしたら、そんな…そんな悲しいことはない。
(だから)
そうして交わせた視線の世界で琥珀が揺れる。
「ジャーファルさん」
お願いです。お願いです。
泣きそうな…いや、実際に泣いているのだろう。縋らせた身体は震え、声には涙が滲んでいる。
(嗚呼まさか…今この子を泣かせているのは自分か)
そう思った瞬間体の力は抜け、あれほど止め処なく溢れていた殺意も落ち着いた。良くも悪くもアリババ・サルージャという少年は、ジャーファルに様々ものを与えては奪っていく。
「…帰りましょうか」
依然ぐすぐすと泣いているアリババの髪を梳きつつそう言えば、言葉は無いまま小さくこくりと頷いた。手を引いて立ち上がらせ、顔を覗き込んでみると目を真っ赤に泣き腫らしていた。頬を滑る涙はまだ乾かない。濡れたそこにそっと唇を押し付け、細い肢体を胸に抱き込んだ。きっと伝えるべきことややるべきことはたくさんあって。けれど今は何一つ口に出来ないし手にもつかない。ただ、今この時。彼の頬に押し付けた唇だけが自分にとっての精一杯だった。
きっと浮かれていたんだ。浮かれない訳がない。
それでも、もっと…もっとちゃんと、きみをみていれば。
(ああ、ねぇ?)
(好き合いの愛こそが実は最も厄介なものなのかもしれませんね)
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うえええええなんじゃこりゃあ!とセルフツッコミしてますすみません。
先ずはリクエスト頂きましてありがとうございました早さん様!そして遅くなった上にこんな…こんなよく分からない代物になってしまい申し訳ないですうわああああ(土下座)
本当にあの、もし甘やかでイッチャイチャでラッブラブなものをお求めでしたらすみませんんんんただのよく分からないシリアスになりましたあああああ。しかしそれでもちゃんとラブラブなジャファアリなんです一応。微塵も伝わらないお話ですみませんアッー。
スライディング土下座をしたい出来になってしまったんですががが…と、とりあえずリクエスト本当にありがとうございました!苦情等ありましたらいつでもどうぞ!
それでは本当にありがとうございました!
針山うみこ