椅子に腰掛け書物を広げる男。その姿を暫し網膜に焼き付け、それから背後からゆっくりと首に腕を回した。

「どうかしたか?」
「…別に」

そうかとあっさり応えて再び目の前の文字を追う相手に無性に腹が立ってくる。しかしそれを伝えた所で結局はまた特に気のない返事しか返ってはこないのだろう。いっそ眼前に露わにされた首に噛み付いてやろうかとも考えたが、神官なり眷属なりに不敬罪やら何やらと後で喚き立てられるのも面倒くさい。軽く眉間に皺を寄せながら噛み付くのはやめて、頭を首の付け根付近にぐりぐりと押し付ける。邪魔をしているのは分かっているが、やめるつもりはない。

「…アリババ」

吐息と共に零された自身の名にすら反発したくなるのはどういうことか。これが噂の反抗期なのだろうかとも考えつつ、けれど動きは止めない。

「言わねば分からない」
「本当に何でもない…」

これはただの八つ当たりに他ならない。そんな自分にまた眉間の皺を深くする。

「…何を言われた?」

急にスッと核心をついてきた相手に唇を引き結ぶ。顔は見られていないのに…本当にいやになる。

「なあ紅炎、俺、」
「アリババ」

くるりと一息もない間に身体を持ち上げられ、彼の膝に降ろされた。まとまらぬまま正面から向き合うことに一瞬躊躇いを覚えるが、それでもいつもと変わらない表情の相手にいつの間にか張り詰めていた力が抜けてしまっていた。

「紅炎…俺、シンドリアに行くことになった」
「そうか」
「…たぶんしばらく帰ってこれない」
「ああ」

淡々と返される言葉に涙が出そうになった。

「それで、おまえは何が心配なんだ」
「っ、」

(嗚呼、ちくしょう…それすらも)

見抜かれている心情の欠片に悔しくなる。けれど黙っていても仕様がないと震える唇を無理矢理こじ開けた。

「…紅炎、お願いがあるんだ」
「なんだ」
「……俺のこと、待ってて」

きっと寂しいんだ俺は。
子どもでごめん。

「おまえは本当に俺を分かっていない」

溜め息と共に吐き出された言葉はしかしやはり常と変わらず。

(それ位言わずとも)

それはまるで自然な流れで僅かに開いた間隔を詰められた。熱く厚い腕の中に閉じ込められて、ようやく俺は水分過多な瞳を解放出来た。




***


わーいなんて分かりにくい。
煌帝国の人間なアリババくんという設定。
勉学のためと銘打ってるけど、つまりは誰かさんに疎ましがられてシンドリアにポイされちゃったアリババくんていう。勿論この後紅炎さんがきちんとした日程決めてくれるよ!安心だよ!…そうしてシンドバッドさんとジャーファルさんを巻き込んでの話に続…きません(笑)