不純異性交友日記 | ナノ



 青臭い、そんな匂いが手にこびりついてとれない気がする。最悪だ。バカみてえ。

 何度も、しつこいくらいに水で流した手。蛇口から出た水は冷たく、手が驚くほどかじかんだ。そうだ、なかったことにしよう。水に流すって、そういうことじゃねえか。


「おはよう、ジャン」
「ああ」
「昨日は、寝れた?」

 いつも通りの質素な朝食だった。いや、朝も昼も夜も対して変わらない。それでも毎日食べれてる、だけ、マシか。パンを千切って口に放ると、マルコが隣りに座る。

「まあ、いつもよりは」

 マルコが息を吐く。「良かった」そう、言った。ほんと、優しいヤツだ。辺りも人が集まって騒々しくなってきた。「サシャー」そう、芋女を呼ぶのはナマエ、だ。心臓がはねる。は、バカだ。声聞いただけだろ。なんなんだよ。

「はい、なんですか?」
「これ、あげる。食べていいよ」
「ええ、ホントですか!?」
「ごめん、ちょっと医務室行ってくるから、訓練遅れたら教官に伝えて?」
「だ、大丈夫ですか?」

 ガタン、椅子をひいてよろよろしながら歩いていく。もしかして、水被ったせいで風邪でもひいたのか? まさか、そんな。「ジャン?」

「ッ、あ、なんだよ?」
「行ってきたら?」
「は?」
「いや、さっきからナマエのこと気にしてるみたいだから。それに、聞いたんだ。水かけたって」
「……それとは、関係ないだろ」

 横目で見たアイツの表情は、少し歪んでいて。それでもひたすら関係ないと、オレは言い聞かせる。しばらくして、ミカサが何食わぬ顔でオレの横を通る姿を見て心臓が跳ねた。──ああ、そうだ。オレにはミカサがいるじゃないか。



「ッてー!」
「なあに、余所見してんだ? お前、血出てんぞ」

 手元を覗き込んだコニーに構う余裕もない。整備中に工具で指を切った。じわじわと溢れてくる血。目線をやれば、痛みも増す。

「キルシュタイン訓練兵がケガしましたー!」

 ばか、言うな、面倒くせえ。その言葉を言うより先に、教官がこっちをみる。「見せろ。……手当してこい」「いや、大丈夫です」「してこい。次の訓練に間に合えばいい」有無を言わさぬ圧倒巻。「はい」返事をして、席を立つ。……そういや、ナマエ帰ってきてねえ。ふと、思った。


「ジャン・キルシュタイン訓練兵、入ります」

 ドアを開けるとツンと鼻の奥を刺激する消毒液の匂い。「どうした?」声をかけられ、手を見せる。「そこ、座って」指示通り動く最中、簡易ベッドの上で毛布にくるまる人型。「次、何の訓練?」「あ、座学です」「筆記、取りづらいかもしれないけど。我慢して」消毒液が沁みる。思わず眉を顰めた。器用に包帯が巻かれていく。確かに、書き取りできねえな。

「綺麗に切れてるからすぐ、くっつくよ。入浴後はまた巻いて、固定して」
「はい」
「あと、ミョウジ訓練兵! 次座学だから出な」
「……はい」
「生理痛じゃ死なないから。倒れたらおいで。ん、顔色も良くなったし。大丈夫」

 せ、生理、って……。気恥ずかしくなって俯くと「ああ、ごめん。男の子いたんだった」と笑われる。馬鹿にされているようで、情けない。もぞもぞと毛布から出て来たナマエは「ケガ、だいじょうぶ?」と首を傾げた。

「いや、それはこっちのセリフだろ」
「んー、お互い様?」

 力無く笑った顔。お腹を抑えて、前かがみになって歩く姿。痛々しい。生理って、そんな辛いのか。男には一生わかんねえ。なんとなく、同じ歩幅で歩くと肩の位置の低さとか、女特有の少し膨らんだ胸……とか、慌てて視線を反らす。危ねえ、オレただの変態みたいだ。畜生。

「訓練兵なってから酷くなったんだよね。冷えもあると思うけど」
「……そういうのって、あれか、ストレスとか、えっと」
「あー、そうそう。なんか生理来なくなった子もいてさ。やっぱ仕事柄女じゃキツイってことなのかなー」

 あっけらかんと話す姿に度肝を抜かれる。あんま、男に話す内容じゃねえよ、な。コイツはあまり気にするタイプじゃないのか。いや、オレが気にしすぎてるだけなのか。普通がわかんねえから、なんともいえない。

「あ、ごめん。あんま聞きたくなかったか」
「え、は?」

 何も言えないでいるオレをそうとったか。っていうか、それはどう返せばいいんだ? 聞きたくなかったっていったら、なんか失礼だろ。でも聞きたかったなんて、やっぱ変態だろうが。ちらり、横を見ると青白い横顔。「あ」つい、漏れた声にナマエがこっちを見る。

「痕ついてっけど……」
「え、嘘!?」
「ここ、赤くなってる」

 自分の頬のそこらへんを指させば、ナマエの手が頬を隠す。ちげえ、反対だ。慌てる様子が面白くて、笑ってしまう。「反対」「え、ここ?」「いや、もう少し上」「え、ここ?」あまりにもかけ離れていく指先。無意識に伸ばして、「ここだ」触れた。すっげえ柔らけえ。

「教官に怒られる! き、消えないかな」
「さァ」
「じゃ、ジャン、何か、知恵を!」

 離しかけた指、一瞬迷ってから肉を挟んでみる。「ふえ?」「お前、これ、気持ちいな」「遊んでる場合じゃないってば!」パッと手を離すと更に赤く染まる頬を見て、「オレに抓られたっていっとけ」そう言ってみる。名残惜しさと、それからふつふつと湧きあがる後悔。この手でお前のこと考えてオナニーしたんだった。

 そんなこともお構いなしに、オレの心境を知らずに、「ありがと!」笑う。ぎゅっと握りしめた手のひらが熱い。「ああ」そっぽを向いて返事したのは、その目を見てられなかったから。なのに、どうしても触れたくて。その気持ちを抑え込むように、足を速めた。

 じわり、包帯に滲む血。痛む指先。――この怪我はお前を穢した罰なんだろうな。


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