不純異性交友日記 | ナノ



 その時のオレは、確かに普通じゃなかった。あの死に急ぎ野郎が、訓練中に擦りむいたとかなんとかで、大したことのない傷なのに、ミカサが心配そうに顔を覗き込んでいるのが見えた。視界の、端っこに。それだけで、腸が煮えくり返りそうだってのに、かちり合った目線の先は全ての元凶であるエレン・イェーガー。気にくわない。さらには、何見てんだよ。っつー表情をされて、頭に血が上った。上等だコラ!

──その時だった。

「つめった! ちょっとジャン!」

 つい、カッとなって手に持っていた水の入ったコップを放り出してしまった。まさか、その水全部かかるヤツがいたなんて。どんくせえ。オレはわるくな……。

「びちゃびちゃだー! あー、もう最悪」

 だれだっけ……こいつ。いやいや、あれだよな。ナマエ・ミョウジで間違いないんだよな。頭から盛大に被った水のせいで、髪の毛が額に張り付いている。キッと睨んでるつもりなんだろうが、背が低いからか、上目に見てるとしか思えない。何より、恥ずかしいのかなんなのか、頬がほんのり赤いのは……「ジャン、具合でも、悪かったの?」あ、誰の? は、オレ?

「……ッ、わ、悪ィ!」
「大丈夫? 熱とかあって、それでよろけちゃったの? なんか睨んだりとかしてごめん」
「い、いや、大丈夫。や、その」
「顔赤いしさ、もうはやく部屋行って休みなよ」

 ナマエ! と後方から声がする。パタパタと足音を立てて近付いたのはクリスタだった。「風邪ひいちゃうよ、ほら」そう言って、ポケットから取り出したハンカチで濡れた髪の毛を拭いていく。

「オイ、てめえ邪魔だ」
「あ?」
「謝る気もねえんだろ。はやく避けろ」
「ユミル、別にいいよ。なんかジャン具合悪そうだし」
「あ? どこみていってんだ? いつも通りだろ」

 コップ一杯の水も、真上から被るとこんな濡れんのか。申し訳ないことした。そう思いつつも、ユミルの言葉に腹が立つ。くそ、今日はホントありえねえ。

「わ、悪かったよ」
「いいよー、別に。わたしもキレてごめんねー。前方不注意だった」

 そう、笑う。いやいや、完璧にオレが悪かったのだろ。そう思ってるのはユミルも同じらしい。怖えーよ。「クリスタ、ありがと。お風呂入るし平気」「おー、じゃあ行こうぜクリスタ」「あ、ユミルったら! ナマエ、気を付けてね?」目の前でそんな会話をしている間も、オレは動けなかった。

「ど、どうしたの?」
「いや、まだ、濡れてる、からよ」
「気にしなくていいって! 雨の日の訓練よかマシだから」
「そりゃあ、そうか」

 しっとりたした髪の毛を指先で弄りながらそう言う。あ、綺麗な、黒。まじまじと見たことがなかったが、どうやら顔立ちも東洋っぽいことに驚いた。黒の瞳が不思議そうにオレを見ている。

「東洋っぽい、んだな」
「うん? あ、わたし? そうだよ。まあ、本当に東洋の血が入ってるかは知らないんだ。育て親は髪、茶色だったよ」
「なんか、複雑なんだな。悪かった」
「ジャンって、もっと自己中かと思ってたら、よく謝るんだねー」

 くすくす、笑うと大きな目が細む。あ、可愛いな。……ん、いま、オレなんか、あれ?

「どんなイメージだよ」
「いっつもエレンと言い合ってるしさあ」
「あっれは!」
「ジャンはミカサがすきだもんねー?」

 そうだ。オレはミカサが好きなんだ。なのに、なんでこんなドキドキしてんだ? 東洋系にすこぶる弱いとか? わかんねえ。自分のことなのに、全くわかんねえ。

「ち、ち、ちげーよ!」
「へえ、そっか。……じゃあ、わたし行くね。元気そうで良かったけど、ジャンも気を付けて」

 手をひらひらさせながら、去っていく。手を伸ばそうとして、ハッとした。な、なにしてんだよオレ。ああ、あれだ。あんまり話したことのない女子と話して緊張したんだ。そうに違いない。


 就寝時、目を閉じるとアイツの顔がちらつくので、全く寝れなかった。くそう、これって、まるで──。


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