不純異性交友日記 | ナノ



 空間認識能力が著しく乏しい――だから、立体機動がうまくならない。ガスを吹かす、吹かさない以前の問題にぶち当たった、とオレは頭を悩ませた。ガス切れの原因も、またそれだった。闇雲にアンカーを撃ち込むから、余計にガスを必要とするんだろう。

「……まずは、空間をある程度、把握しないとな」
「空間?」
「ああ。今日見た限り、ナマエは出発地点から目的地点までのアンカー射出率が高すぎんだよ。今日は地に降りない訓練だったろ? その割には結構な距離があるから考えねえといけないんだ、最初から。――まず、同時発射は少なくする。あとはそれぞれだと思うが、オレなら上を飛ぶぜ。高い位置から目的地を目指した方が、一番少ない距離を測れる。逆に、空間認識能力の高い奴等は下を飛ぶんだ。ミカサや、アニだ。コイツ等はその能力が……何だ?」

 瞬きを一切せず、真顔でマジマジとオレを見ているもんだから、つい声をかける。腑抜けた声と共に、「ジャンってさ……」と小さく漏れた声。「おう」その先を待つ。

「すごいんだね……。なんかちゃんと考えてるっていうか、えっと、人も良く見れて。わたしなんて自分のことで精一杯で、そんなこと考えても、いなかったから」
「――ッ、褒めても何もやらねえよ!」

 慌ててパンに齧り付くと、隣から笑い声が聞こえる。「ナマエ、良かったね。これで少しは立体機動への苦手意識、克服できるといいんだけど」「そうだね! えっと……でも、空間ってどうやって認識するのかな?」「うーん……僕は得意な方なんだ。最初から。ジャンは?」マルコが首を傾げる。「オレは、あまり得意じゃない」そう言って、水を飲む。

「じゃあ、どうしてたの?」
「ナマエ、目瞑れ」
「うん」

 ゆっくり瞼が下がった。言ってから、すっげー後悔した。長い睫毛が影を作ってる、とか。こんな顔で寝てんのか? キス……する時は、いやいや何考えてんだオレ。「……ジャン?」唇がゆっくり、動いた。思わず喉が鳴る。頭を振って「あー」声を出した。

「そこからオレ、触れるか?」

 手が伸びる。指先が宙で遊ぶ。「んー?」眉を顰めて、身体をテーブルに寄せた。「オレ、目の前に座ってたろ?」……なんで、隣のマルコに手がいくんだ、このバカ。

「え、マルコ? あれ、ジャンだと思ったのに!」

 頬に軽く触れた指先に笑いながら、マルコが少し俯いた。……お前、耳赤いからな。「こうやって、目を閉じて目の前に置いてあるものをとったり、するんだ。でも一番手っ取り早いのが――」




「こ、ここ?」

 目を見開くナマエ。「ほら、目閉じろ」そう促すと、困ったように笑った。「さ、さすがに屋上の端っこは……怖いな」一段上がったその場所に片足をかけて、ナマエは呟いた。辺りは既に日が暮れていて、暗い。唯一、上の方で月がぼんやりと光っていた。

「目の前にオレがいる。大丈夫だ、落とさない」
「で、でもさ」
「死にたくなかったら、ちゃんとやれよ!」

――だって、お前、幾ら頑張っても憲兵団にはなれないじゃねえか。駐屯兵も、調査兵も、死ぬ確率がぐんと上がる場所に所属するしか、ないんだ。なら、少しでも生き延びて欲しいって。……だからってこれは酷だろうか。オレの意見を押し付けすぎだろうか。そんな思いが一瞬だけ、過った。

「死、にたいわけない!」
「なら、考えろ。正直な話、お前巨人と戦ってる最中にガス切れしたら、どうするつもりだった? そういうこと考えて、訓練してんのか?」
「――ッ」

 表情が、歪む。「……悪ィ、言いすぎた。謝る、から」――嫌いに、ならないで欲しい。その言葉を飲み込んだ。でも、好きだから生きて、欲しいんだ。いや、もう嫌われたって構わねえよ。生きてさえ、くれれば。

 今日の訓練で、オレは思った。このままじゃコイツは呆気なく死ぬ。生き抜く為に少しでもいいから、考えて欲しいって。「……ジャンは、酷い」震える声。耳を塞ぎたい。「ああ、そう思いたきゃ思ってろ」でも嫌われたって、生きていて、欲しい。

 大きく、息を吸う音がした。ゆっくり、目を瞑る。少しして、一歩足が踏み出された。安定をとろうとして不安定に揺れる腕。ナマエが進む度に、オレも1歩後方へ下がる。ぐらり、体が揺れて、思わず手を差し出した。けれど、平気そうだ。心臓が激しい。呼吸が、荒くなる。

「ジャン……いる?」
「ああ」
「あと、どれくらい?」
「3歩」
「ほんとう?」
「嘘つくかよ。……ほら、あと1歩だ」

 足が浮く。それから地面に着く。良かった、何もなかった。手を差し伸べて、ナマエの片手に触れた。とても冷たい、手だった。「目、開けろ」「……わたし、ちゃんと、出来たね」そう笑うナマエが、ぼんやりとした光りに照らされた。……綺麗で思わず見とれる程に。

「ねえ、見えなくてもジャンが側にいるって思えたよ」
「……は?」
「うーん、何かさ、見えてないんだけど……」

 両手が、その冷たい手がオレの輪郭をなぞった。背筋が粟立った。「なッ」上がった声、くすくすと忍んだ笑い声。「ジャンの頭の位置も、手の位置も、なんとなくわかった気がしたの」息が、止まるかと思った。何故か、泣きたくなった。この気持ちを何て表現していいかわからねえ。ただ、その冷たい手が次第に温かくなることに幸せを、感じた。

「手、冷てえな」
「緊張したもん。血も通わないよ」
「……悪かったな」
「ううん、付き合ってくれて、ありがとう」

 ――ほんとうに、ありがとう。

その言葉が、その表情が、その手の温度が、その夜空が、寝るその直前まで頭から離れない。まるで、何かの歌のようだった。一度聴くと頭から離れなくなるような、そんな歌。アイツはそれに酷似している。

――脳内リピートが止まらない。

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