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 もう嫌だ。始末書ってなんだ、始末書って。『敵前逃亡を示唆する発言に対し、始末書で済んだことを有難く思え』これ、お偉いさんのお言葉ね。100年ぬらりくらりやって、大した戦果もあげないまま、地位だけ高くなっちゃってさあ。5年前も、椅子に座ってふんぞりかえってたくせに。――なんて言ってても終わらない。

 発生経緯
 第104期訓練兵団の訓練兵に対する特別指導教官に任命された後、教訓、私の所属する調査兵団の任務について説明。その発言の中に『怖いなら突っ込むな、逃げろ』といった『敵前逃亡』を示唆する発言があった。

 ええ、真面目に書いていますよ。そりゃあ。上が書けといったら書くし、何よりエルヴィン団長の苦笑いといったら、本当に申し訳ない。部下の過ちを団長自ら被らせることは、本当に辛い。団長は「気にするな」とそう言ってくれたけれど。

 発生原因と理由
 私が何故、そのような思考を持ったのかといえば、壁外調査を含めた巨人討伐の際に、戦闘だけでは敵わないと実感したから。同期や同僚は遺憾なく力を発揮。しかし中には巨人に対する恐怖により、精神を崩壊。思考停止の状態(最適な考えもできず)に、巨人に突撃、死亡。1人で、真正面から、口内へ。ならば、一旦その場を引いて、陣形を立て直し討伐にあたった方がいいのではないか。そのような考えで今までやり遂げ、生還している。決して間違いではないと思うが、言葉が足りなかったというのも事実。そこに関しては後日……「反省してんのか」顔を上げる。あ、兵長。

「ノックもなしに部屋に入らないでください」
「監視しろとお達しだ。信用されてねえな」

 ま、真面目じゃん! 誰、そんなこと言ったヤツ! 駆逐してやる! ぴたり、動かしていた手を止め机に伏せる。「リヴァイ兵長」「なんだ、書け」「書いてましたけど、好きな人と2人きりってのは、ちょっと、恥ずかしい」……無、無視? やめてもっと恥ずかしい。慌てて机の上で重ねた両腕に顔を突っ込んだ。穴があったら入りたいって、こういうことね。

 ずずっと紙が抜き取られる。あ。上げた声はくぐもった。しばらくすると「……いや、何でもねえ」と兵長にしては歯切れの悪い。「……とうとう涙もでなくなりました」ポツリ、そう言ってみる。部屋の後ろにあったベッドがドサリ、音を立てた。

「とても優秀だったんですよ」

 脳裏、太陽を受けて輝いた金髪が横切った。背の高い、優秀な。誰より優しく、誰より強い彼は、巨人を前にしておかしくなった。そりゃあ、そうだ。仲間が、人が、喰われていくのを見て、誰が普通でいられるんだろう。――ああ、もう顔も思い出せない。

「逃げたのは、わたし」

 救ってくれたのは、兵長だった。「新兵なんて、そんなもんだろ」ぐしゃり、紙の握りつぶされる音がした。「書き直しだ」思わず振り向く。「せ、折角書いたのに!」

「字が汚え。本当に女か?」
「失礼な……。どこ見て言ってるんですか。兵長よりはおっぱい柔らかいです」
「貧相な体でか」
「邪魔になるから押さえ付けてます!」

 そんな嫌そうな顔しなくても。「……兵長」「あ?」「怖いですね、知らないって」首を傾げる兵長を横目に、椅子にもたれる。「あの時は、勝てると思ってたんです」手に入れた力は、何もできなくて泣いていたわたしを変えてくれると信じていた。知識は、反撃の糧になると。それでも、こうして人は死んでいく。1人、また1人、見知った顔、見知らぬ顔、誰のものかわからない体の一部。それをこの目で見て、悲観する余裕さえない程に。

 近付けば近付くほど、自分が傷つくだけだと遠ざけたこともあった。心を開いたら、駄目だ。死んだときに、辛くなるから。ただ、巨人を見たら削げばいいと思っていた。そこを乗り越えてなどいない。引きずって、今も生きている。

「残酷だなあ」

 それなのに、どうしてリヴァイ兵長は、わたしの心を攫ってしまうんだろう。あの時、生かされた命は、あなたに捧げると決めた。触れてくれなんていわない。好いてくださいなんて、もっといわない。――何も、求めないからわたしから奪わないで。「ね、兵長?」そう、告げると鼻で笑う。

「てめえに奪う程のものがのこってんのかよ」

 丸まった始末書をわたしに投げて、「できたら持って来い」そう背を向ける。それもそうだ。わたしには、捧げる命の他には何も残っていなかった。


始末書の行方

(「やり直せ」「もう13枚目なんですけど……」「クソしてるヒマなんかねえぞ。はやくしろ」「や、だ、もう手が動かないのにーーー!」)
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