だって、だいすきなんだもん! | ナノ



 いつも、こうなる。調査に行く三日前から途端に調子が悪くなる。熱が出たり、吐き気がしたり、症状は様々だったが、寝込むことが多い。パタパタと準備に明け暮れる調査兵団のみんなには申し訳なかったけれど、いつものことだから、と呆れたように笑って、それから声を掛けてくれる。

「お大事に」

 それが最後の言葉になった。というのも、もう日常茶飯事だった。体がだるいな。みんなに会いたい。わたしだって生きて帰れるかわかったもんじゃないし。ふう、息が漏れる。

「オイ」

 ああ、これはどうやら夢みたいだ。いや、夢だと信じたい。今更どんな顔を向けていいかわからないんです。お願いだから目覚めて、わたし。「オイ、起きろ」……やっぱり嘘。寝かせて!

「……お久しぶり、です?」
「開口一番それか。違えだろ」
「……え? どうして此処にいらっしゃるのでしょう、か?」

 ぐっと表情を歪ませるのはリヴァイ兵士長本人だった。「エルヴィンに用があった」……過去形ということは、その用は終わったってことになる。じゃあ、早く帰ればいいのに。とは口が裂けても言えなくて。

「いつものように寝込んだバカがいると聞いてな」
「……そう、ですか」

 怒ってるんじゃないの? わたし要らないんじゃないの? どうして、わざわざ顔出しに来たの? 兵長、ねえ、もうアナタの考えてることがサッパリわからないの。

「調子は」
「……まあまあです」
「そうか」

 勝手に椅子を引いて持ってきて、腰をかける。「兵長……?」居座るつもりですか? 嫌だよ、1ヶ月も離れてたら、どんな風に話してたのか忘れてしまった。いつもわたしはどうしてたっけ? 兵長を見つけて何を言って、どんなことをして、どんなことをされてたっけ? ……ああ、頭が痛い。割れそうだ。

「早く寝ろ」
「……見られてる状態で?」
「テメェの汚ぇ寝顔くらい知ってる。今更恥ずかしがることでもないだろ」
「……酷い」

 ああ、なんだ。普通じゃん。1ヶ月、離れようと必死にもがいたわたしの努力は決して報われないんだね。「酷いなあ、もう」ポロポロと溢れた涙を拭って、顔を隠す。「兵長、こういう弱った時に顔出すなんて策士ですね」震える声、鼻を懸命に啜る。

「お前の心臓はお前のものじゃない。なァ、ナマエ」
「……は、い」

 ギシリ音がして、ベッドが沈む。慌てて腕を退け、辺りを見回すと、覆いかぶさるようにして兵長の姿があった。「口、開けろ」全く意味がわからなかったけれど、取りあえず命令に従うことにする。「チッ……塞がってやがる」――え、それはあの時の?

「1ヶ月経ってますから、当たり前じゃないですか」
「黙れ」

 ギッと睨まれることに慣れてしまった。大人しくそのままにしてると、今度はシーツの上に広がった髪の毛を弄ぶ。……この人は一体何がしたいんだろう? 

「早く、忘れろ」
「……兵長?」

 首筋を撫でた指先が、チェーンに触れた。そのままピンと張ると、音がして細いシルバーリングが2つ現れる。リヴァイ兵長が、届けてくれたものだった。左腕だけ残された彼の指にはめられた指輪。名前が刻印されていたので、わたしの元に戻って来た。

「わかってんだろうが。調子が悪くなる理由なんてそれ以外ない」

 悪夢に魘されて体調を崩し、寝込んで悪夢を見る。その、繰り返し。いつもいつも、彼が死ぬところばかり夢で見る。「……そう、ですね」だけど仕方ないじゃない。その過去を忘れるなんて無謀だって兵長もわかってるんでしょう?

「だって、上塗りさせてくれない、じゃないですか」

 兵長が好きだって、何度も伝えて。一方的に思って、ここまで来た。わかってるんだ。兵長は別にわたしにそんな感情を持ってないってことくらい。「いっつも報われない。愛し合った人は死んでもういないし、好きになった人は振り向いてくれない」そう言って、顔を背ける。

「振り向いて欲しいか」
「……当たり前じゃないですか」
「欲張りだな」

 え? 思わず漏れた声。「愛した男は忘れたくない。好きになった男には振り向いてほしい。報われないことを人のせいにして、楽しいか?」なに……ソレ。

「ちがッ」
「何が違う? そういうことだろうが。そんな女、誰もいらねえな」

 首に細いチェーンが食い込んだ。「ひっ!」ブツリ、音がして千切れた鎖。投げられたそれが床に転がった音がする。「やだ、待って」待って、いかないで。逝かないで! 体を起こそうとして押し倒される。目を細めた兵長が恐ろしく怖かった。

「このシーツ、早く洗え。血で汚れた」
「誰の、せいだと……ッ!」

 割れそうな程、頭が痛い。声を荒げたら、響いてしまった。キーンと耳鳴りがして、視界が霞む。「いいから寝ろ」そう言って、頬に触れた指先が輪郭をなぞって顎の下まで来た。下唇が親指で潰される。感覚だった。靄がかかる意識の中で、なぜかリヴァイ兵長が泣きそうな表情を浮かべていると思った。――どうしてだろう。どうして。

「    」

 何か言われたような気がしたけれど、それすら思い出せなかった。目が覚めて、床に転がったはずのリングを探しても見当たらない絶望がすぐそこまで迫っていた。

距離が測れない
(近いと思っていたのに、どうしてこうも遠のくの)

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テーマ「人外ファンタジー」
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