だって、だいすきなんだもん! | ナノ



 思い切り叩かれた。それも、容赦なく。口内に血の味が広がって、ああ肉が切れた。と眉を顰めた。「なんだ、文句でもあるのか?」「……いいえ」じんじんする頬。痛いし、熱い。手のひらで包み込むと、腫れているのがわかる。

「最初に言ったはずだ」
「はい」
「誰が悪い?」
「……わたし、です」

 視界がぼやけた。後方からハンジの声と、足音。「リヴァイ、女の子の顔叩くなんて!」とわたしの前に立つ。

「退け」
「もういいだろう」
「ハッ、コイツ自身、自分が悪いと肯定している」
「……ハンジ、いいの。大丈夫」

 取り乱したのは、わたしだった。危うくカードを出し損ねる所だった。エレンくんには申し訳が立たない。でも、見てられなかったんだ。兵長がエレンくんを蹴り続ける姿を。それを見ていたミカサの顔、必死にミカサを止めたアルミンくん。――この子達より先に、声を上げかけた。

「ナマエ……おいで。冷やしてあげるから」
「放っておけ」
「リヴァイ、いい加減にしてくれないかな。ナマエを何だと思ってるの? 大事な班員なんじゃないの? もしも違うならわたしの班で請け負う。いいね?」

 兵長がハンジを見て、それからわたしを見た。「――だそうだ、お前はどうしたい」そこで、わたしに問いかける兵長はズルイ。本当に……ズルイ。

「兵長は……どうお考えですか」
「別にお前がいようが抜けようが関係ない。お前より優秀な人材は幾らでもいるしな」
「リヴァイ!」

 涙が零れるのは、ほっぺが痛いからだ。それ以外にありえない。一瞬だけ目を見開いた兵長がふいっと顔を背けた。「ナマエ」ハンジの声がする。

「……ハンジ、助けて」

 痛い、痛い、痛い、痛い。もうそれ以外の感情なんてない、ないと思いたい。痛い、苦しい、血の味がするし、何故か吐きたくて仕方がない。視界が霞むのも、痛いからだ。身体がぐらつくのも、伸ばされた手が掴めないのも、音が、声が聞こえないのも――すべて叩かれた頬が痛いからに違いない。



「――起きた?」

 覗き込むようにしてハンジの顔が視界いっぱいに映った。起きたってことは、寝てたってこと? ああ、本当に嫌になる。

「ごめん、ハンジ。迷惑かけて」
「いいよ。気にしてないしさ。それより大丈夫?」

 優しさが、痛いのだ。きっと。思わずハンジの首に縋った。「ナマエ?」不思議そうな声が耳元で聞こえた。それからゆっくりとわたしの身体を起こしてくれる。熱が引いた頬はほんのり、冷たかった。きっとハンジが付きっきりで冷やしてくれたんだと思う。「ありが、とう」「どういたしまして」ハンジがわたしの頭を撫でた。涙が溢れた。

「ごめんね、ごめん……なさい」
「どうして?」
「出るなって言われてたのに、無理やり、それで、わたし」

 言葉にならない。伝えたいことが多すぎて、しどろもどろになる。「いいんだ。もう上手くいったんだからさ。ナマエは何も気にしなくていいから、ゆっくり休んで。――もう、倒れないでよ。私が驚くから」そう言いながらゆっくり体をベッドに降ろしてくれる。

「ちょっとだけ仕事行ってくる。ああ、大丈夫。すぐ戻るから」
「ううん、気にしないで。――ありがとう」

 ハンジはひらり、手を振った。パタン、扉が閉じてわたしの口から溜息が漏れる。寝よう、そして忘れてしまおう。失敗は、誰にだってある。わたしはいつも、失敗ばかりだけれど。自嘲して、布団を被った。頬は大分、痛みが引いていた。

 ギシリ、沈む感覚。微睡んだ意識の中で目を開けた。バっと剥ぎ取られた布団。「……ハンジ?」は、こんなことしない。こんなことするのは「……兵長」ただ一人だ。

「まだ寝てんのか。仕事がある。はやく起きろ」
「……リヴァイ班から抜けたんだと思ってたんですけど」

 ぐっと眉を寄せた、不機嫌そうな――というか不機嫌な顔。「あ?」いつもより格段と低い声。ベッドに腰をかけた兵長が体を倒す。そして片手をついて、被さる。

「ハンジのとこに行くんだな?」
「……いらないと言われたら、いる必要性がありません。わたしを必要とする所に移動するのが普通だと思います」

 言って、後悔をした。ぐっと両頬を片手で挟まれ、痛みが走る。「次はアイツに心臓を捧げるとか言って喚くんだろう。安い女だな。チッ……汚ねぇ」ああ、痛い。心なしか捧げた心臓までも痛い。首を振ろうにも、声を出そうにも兵長が許してくれない。

 意味がわからないのはコッチだ。確かにわたしが悪い。でも、そうわたしに言わせたのは兵長なんだよ? どうしてわかってくれないの? なんて言えないし、言わせてくれるはずもない。「何か反論がありそうだな」離れた手。息を吸って、それから首を振る。

「何も……」
「そうか」

 リヴァイ兵長は口の端をそっと上げた。それからわたしの前髪をぐっと掴んで、顔を近づけた。「へい、」塞がれる、というよりは舌が侵入してきた。え、何、どういうこと? そんな疑問も舌先が一点を掠ってしまえば悲鳴に変わった。治りかけていた切れた傷口をあろうことか開こうとしている。なんで、そんなことするの。こんなキス嬉しくない。ただただ痛い。ほら、また涙が溢れる。血の味がした。思い出にするには酷過ぎる、兵長との初めてのキスだった。

「鉄臭ぇ……」

 自分の口に舌を収めた兵長は開口一番そう言い捨てて、口元を拭った。「次の壁外調査は、エレンを連れて行く。テメェの代わりはペトラが入った。――文句はねぇな?」本当に、わたしの傷を抉ることに関してはこの人程、上手な人はいない。

「……はい」

 そう項垂れたわたしを放って、この部屋を後にする。1人に、しないでよ。代わりなんて、居ないって言ってよ。――こんなこと、しないでよ兵長。

 何度飲み干しても、嗚咽とともにあがってくる血の味に死にたくなった。


嫌いになれれば楽なのに
(あの時の兵長が、脳裏を過る。ただただ痛いだけなのに、それでもキスだと言い張りたいわたしはきっと、本当にバカなんだと思う)

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