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 長い髪をバッサリと切って「どうですか?」と笑うコイツに度肝を抜かれた。腰まであった髪は、もっと派手な色じゃなかったか。「髪色も変えたし、あとシャンプーも」と髪先を指で遊ぶ。言われてみれば、風が靡く度にアイツと同じ匂いがする。

「よく……知ってんな」
「だって、聞きましたもん」

 誰に、と問う必要はなかった。「彼はわたしの為なら何でもしますよ」と一歩踏み出せば、オレとの距離が縮まった。

「でも、私はキルシュタイン先輩がいいな。――さて、どうしましょうか」

 なんて、首に腕を回して言う言葉じゃねえよ、バカ女。「わかった。だから、」「うん、断る。元々好きとかじゃないの。だって、先輩と手っ取り早く仲良くなれそうだったから」せがまれて、そのキスに応えた。ただただ吐き気がする、そんなキスだった。


 こうも上手くいかないものか、と世の中を恨みたくなる。まず、初めにナマエがマルコを好きになったと相談してきた。その2年後、マルコが上手くいきそうな後輩がいると嬉しそうに話してきた。その相手がついさっき、オレに迫った女で、全ての元凶になる。

 マルコは告った、らしい。その返事を保留して、オレの所にやってきた。すげえバカみたいな話だ。マルコとくっつきさえすれば、ナマエはオレの元に来るかもしれないのに、結局アイツが傷つくよりならこの方がマシだ、と思う。何も知らないで、思い続けてろ。そして、もしもこの事実を知ったら、きっと矛先はオレに向かうんだろう。

「私の部屋でいいですか」「ああ」「嬉しいな」――ほんと、バカだ、オレ。目を瞑れば、ナマエのような感覚で。キスも、その先も。全部アイツだと思えば、それなりに気持ちは良いし、悪くはなかった。ただ、終わった後の虚しさは何て言えばいいのかわからない。シャワーでどれだけ流しても、べたついている気がして嫌になる。そんな行為を繰り返せば、吐き出される快楽より、積もっていく罪悪感の方でいっぱいいっぱいだった。「……それ、いつも持ってますね」と無造作に開いた鞄から顔を出した袋に、手を伸ばす。

「レモンキャンディー、好きなんですか」
「まあ」

アイツが。とは付け足さない。魔法のキャンディーだと、オレは信じて疑ったことがない。この年になってもだ。泣いていても怒っていても、コレさえ渡しておけばなんとかなる。――ガキだ。そんなガキな所も寧ろ好きだと、思う。

「わたしはチョコレート派ですけど」
「へえ」
「興味なさそー」

 あるわけねえよ、お前なんか。口を開かずともそんな暴言が溢れ出しそうで、慌てて塞いだ。嬉しそうに目を瞑る瞬間は見るもんじゃない。やっぱりキスはいつも気持ちが悪くなる。全て吐き出せたらいいのに、そう思いながら舌を絡める時が一番、吐きそうだ。







「ジャン、ごめん、待って!」

 後ろからの声に足を止める。振り向かなくても追いかけてきたのはナマエだとわかってるし、ついでに言うなら、泣きそうな顔なんだろう。「何だよ」振り向く、ほら当たりだ。

「ごめん、わたしが悪いの。ごめん」
「……何のことだよ」
「さっきの、本当にごめん。えっと、ほら勘違いっていうか、わたしも、えっと」

 勘違いではない。謝られる義理もない。悪いのは全て、オレだ。「別に、いい」「ジャン、嘘でしょ、だって何でそんなに」――泣きそうなの? その言葉にハッとする。反射的に空を仰いで、それから地面を見つめた。出来ることなら、そう思う。初めての彼女も、デートも、キスも、セックスも、全部ナマエならどんなに幸せだったんだろうか。もう叶わないことばかりで、結局は自分が悪い事も知ってる。「なぁ」「……何?」「お前どうして、」オレを好きにならねえの? ぎゅっと唇を噛む。

「何、どうしたの? 続きは?」
「いや、いい。関係なかった」
「……ジャン、怒ってるの?」
「どこをどう見てそう言ってんだよ」

 無理に笑って額を小突く。「ぎゃっ」色気のない声。「バカ」本当に、バカなヤツ。こんなにお前を好きだって、ずっと隣にいてやれるのなんてオレくらいしかいねえよ。

「ジャンが昔からバカバカ言うからバカになったんだと思う!」
「オレが言ったらそうなんのか」
「チビっていうからチビなった」
「……それは、元からだ」
「昔はジャンより大きかった!」
「そうだっけか?」
「あー、都合の悪い事忘れてるんでしょ!」

 オレが言った通りになるなら、この想いを告げたらコイツは振り向くんだろうか。「お前はオレが好きだろ」そう言えば、なんて思ってアホらしくて止めた。

「あ、聞いて! 今日ねマルコからチョコもらった!」
「……そうか」
「最近いろいろ食べてるんだってー。コレは新商品みたい」

 オレにはわかる。アイツが好きなチョコレートをマルコは買って食べている。「カカオ96パーって、苦いのかな?」――すげえ、苦い。それに舌先に残る。

「帰ったら一緒に食べよう」
「今日は来ないんだろ」
「……ジャン、意地悪しないで」

 むすっと膨れ面。つい、笑ってしまう。「可愛くねえな」「ほんと、酷い!」嘘だよ、すっげえ可愛い。お前以外可愛いやつなんかいねえよ、オレにはお前だけだ。

「じゃあ、帰るか」
「うん!」

 暑さで溶けかけたチョコレート。「苦ッ! こんなのチョコじゃない!」と頬張るのを止め、残りは全てオレの元にやってくる。いつも、このキスだ。苦くて、残って、気持ち悪い。「ジャン、食べれるんだー」と感心したように頷くナマエの口も塞げたら、この苦さだって拒まないのに。ふと、そう思ってもう1欠片口に投げた。――すごく、苦くて吐き気がした。

(ビターより苦いチョコレートがキスの味なんてまるでオレの立ち位置だろ)

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