良かったな、と素直に言えなかったのはオレのせいじゃないと言い張りたい。祝福しようにも、本人自身が大して喜んでいない状況に息を飲む。「幸せ、だよ」と、そんな今にも泣き出しそうな顔で言う言葉じゃねえだろ、ついつい悪態を吐きたくなるが、開きかけた口をぎゅっと結んだ。――だって、泣かれたら、何も言えない。
ジャン、どうしよう。
嗚咽に混じって聞き取れたのは、オレの名前で。手を伸ばして肩に触れようとしたその瞬間にびくつく体。そっと元の位置へと戻す。「ナマエは……どうしたいんだよ」尋ねれば、首を横に振り続けた。わからない。そういうことなんだと思う。
マルコとくっつけば幸せになるとばかし思っていたオレの考えは、相当浅はかなものだったらしい。何よりもマルコのその身勝手な行動に腸が煮えくり返る。何が、似てるだ。あんな女と一緒にされちゃあ困る。オレがどんなに望んでも叶わなかったものを、アイツは易々と手にし、更には気も知れず傷つける。
「なんで、マルコなんだよ」
なんで、どうして。「……だって、マルコは、優しい」オレよりも? お前を泣かせておいて? なんだよ、それ。馬鹿なんじゃねェか。
「わからない、よ。知らない。好きになるのに、理由があったとか、そんなの、そんなの」
あるなら教えて欲しいよ。
本当に、その通りすぎて笑えない。あるなら教えて欲しい。オレはどうしてお前を好きなんだろうか。お前はどうしてマルコが好きで、アイツはどうしてオレなんだろう。「……知るか」お前の、気持ちなんて。わかってるならとっくの昔にこの関係を止めている。ほんの少しでも希望があるんじゃないかって、そう思ってた。縋っていた。月日は流れて、どうしようもできない所まで来てしまったようだけど。
「オレに、聞くなよ」
そんなこと。オレに相談すんなよ。誰よりも好きだ。ナマエが好きで、ずっと近くで見て来たオレを更にどん底に突き落とすなよ。ふざけんなよ、頼むから、止めてくれ。
「もう、十分だ……」
口から漏れた言葉をナマエは聞いてなどいない。自分の嗚咽と、鼻水を啜ること、よくわからない感情で雁字搦めになって、目の前のオレのことなんか気に掛けていない。「もうやだ、辛い」なんて、それはオレの台詞だ。
お前はオレのことを気に掛けてくれたことが、あったんだろうか。
あるなら、オレに興味があるなら、気付いてんだろう。――今にも泣きそうなオレに、「どうしたの?」ってそれだけでいいんだ。気に掛けてさえくれれば。「何かあったの?」「聞くよ?」って。自分のことだけで精一杯なのは、みんな同じだろうから。頭の片隅にでも、こっそり置いておいてくれれば良かったのにな。
情けなくて視線を外したその先に、ナマエが家に来る前にお湯を注いだカップ麺がある。3分はとうに過ぎた。きっと汁を吸いきってのびきった麺はとてつもなくマズイんだろうな。
タイミングを逃せば、不味くなる一方ってのは、今のオレ達にソックリだろうから。泣きじゃくったナマエをそのままに、箸に手を伸ばす。啜った麺は柔らかく、コシもない、ただただしょっぱくなった不味い麺。想像、通りで。
本当に癪に障る。カップ麺も、コイツも。
(一度逃したら最後、タイミングってのはそんなもんらしい)