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 ――それでね、アジサイが綺麗だったよ。一緒に見れたら良かったのに。でもそんな季節も過ぎて行っちゃうし、そろそろ夏かな。最近はむしむしと湿気が酷いの。そちらはどうですか。こっちは洗濯物が乾きません。ああ、そういえば思い出した。よくシーツ洗いの当番が一緒だったよね。懐かしいなあ……。ジャンはよくからかいに来たよね。今思えばジャンってすっごく子どもだったよね。

「うるせェよ……」

 思わず漏れた声。そのまま先の文章へと視線をずらす。とうとう3枚目だというのに、なかなか終わりそうにない長々とした話。全て他愛無い、日常を綴られたその紙切れの最期の段落は、読まずにそのまま封筒へと終う。

 年に数回程度しか訪れることない土地だった。わざわざ時間を作って出向くのも何だか気が引けてしまう。足を進めると、先ほどまで夏日が照り返していたアスファルトが柔らかな雑草へと変わっていった。息を吸えば、草木の青臭いような匂いと、花の咽返るような甘い匂いが入り混じって鼻孔を刺激する。ここも湿気が酷いみたいだな。洗濯物も乾かないだろう。手紙の文章に返事をしてみる。

 鬱蒼とした林を抜けると、壮大な景色が広がる。アイツは此処が好きだと言っていた。暇さえあれば、空と大きな湖を見渡せるこの場所に膝を抱えて座っていた。何かを考えるでもなく、ひたすらその景色を気の済むまで眺めて、「ずっと此処にいれたらいいのに」と照れたように笑った。まさか、そんなのお断りだ。あの時はこんな自然よりも、人が溢れて騒々しい中心街の方が好きだったのだ。――今ではここで息を吐く方がいいと思えるのは、オレも少しは大人になったということなんだろう。

 懐にしまった封筒から鮮やかな色の便箋を取り出して、丁寧に折り進める。1枚、2枚、3枚。それらは全て紙飛行機に形を変えた。

 風が吹く。水面が揺れる。紙飛行機が宙を飛ぶ。湖に浮かんだ雲が裂かれる。「お前宛だ」遠くの方で着水した飛行機が沈んでいくのが小さく見えた。

「愛されてんな、マルコ」

 つい、笑ってしまう程。つい、泣いてしまう程。「お前、欲深いんじゃねえの? 死んでもまだ、アイツ手放さないのかよ」手元にあった石を投げつける。どぽん、と盛大な音を立てて飲み込むのは、やっぱりマルコのようだった。

 どんな悪口も憎まれ口も、少し困ったように笑って受け止めてくれるヤツだ。そんなお前をナマエは好きだと言っていたし、今もなお思い続けているんだろう。

「そろそろ手離さないか? オレも、欲しいんだ」

 聞ける筈もない返事を待つ。「ナマエが、好きだ。マルコの代わりにオレがもらっちゃ悪いか?」石を投げる。飛沫が上がって、波紋が広がっていくのをぼーっと眺めた。きっと、これだけは受け止めてくれる筈が無いことを承知の上で、湖をマルコに例えるオレは必至すぎる。情けなくて、空を仰いだ。

「……アイツが振り向いてくれなきゃ意味ねえか」

 気の済むまで景色を眺め、そろそろか、と腰を上げる。「じゃあな、また来る」別れを告げると、さわさわと草木が鳴ったので、手を上げてそれに答えた。



――ねえ、今でもマルコが大好きなの。でもね、わたしもそろそろ進まなきゃいけないかなって思ってるんだよ。マルコ、どう思う? ずっとあなたの代わりに側にいてくれたジャンを好きだと言ったら、妬く? 嫌? うーん、全然想像がつかないなあ。もしも、応援してくれるなら、こっそりでもいいから返事をしてね。それでも一番に愛してるのはマルコです。愛を込めて、ナマエ


悲しみの外へ連れ出すよ

 帰路、もう夏だっていうのに、咲き誇るアジサイを見つけた。薄い青色の萼。ナマエが一番好きな色だった。一枚抓んでそっと封筒に入れる。「――オレは辛抱強い愛情ってことで受け取るけどな」アジサイに語りかけるように言った途端、強い風が吹いて、数枚の萼が攫われていったので、肩を竦めた。
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