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 今日も暑いね。そうへらり、笑ってみたら、元気のないマルコが「そうだね」と呟くようにして答えた。教室は既に電気も消されていて、黒板も綺麗だし、誰もいない。ジャンを待っていると、ふらりと現れたマルコに心臓が高鳴ったのはついさっきのことなのに、今にも泣きそうな彼にわたしまで泣きそうになってしまう。

「まだ、居るの? わたしジャン待ってるんだけど」
「うん、もう少し」
「……そっか。じゃあ、わたし飲み物買って来る! マルコ何飲みたい?」

 だって、暑いし。2人でいたら緊張して喉が渇くし、それに少しでも元気になってほしいから。「え、悪いよ。大丈夫」「ううん、わたし1人で飲むのが嫌なの」なんて取り繕えば、マルコは優しく笑った。わたしの大好きな、笑顔だ。思わずきゅんとした。顔がにやけそうだったけど、そこはなんとか凌ぐ。

「じゃあ、サイダーが、いいな」
「うん。ちょっと待ってて」

 マルコのことだから、麦茶とかいうと思ってたんだけどなあ。意外だ。意外すぎる。と心中思いながら、自動販売機に小銭を投入する。「サイダーっと」ガコン、と落ちてきたペットボトルを手にして、わたしの分……売り切れになってる! わたしもサイダー飲みたかったのに! しぶしぶ他の炭酸のボタンを押した。ふと、目についた缶コーヒー。そういえば、ジャンは高校生になってからブラックコーヒーを飲むようになったな。あんなに、苦いのに。どうしてだろう。そんな疑問を抱えながら、両手に冷えたペットボトルを持って教室へと足を進めた。


「――ありがとう」
「どういたしまして」

 早速、ぷしゅっと気の抜けた音。ぶくぶくと泡立つ炭酸。マルコが片手にした透明なサイダーは、際立って綺麗だと思う。下から上へ、小さな泡ぶくが上がっていくの。わたしはこの光景が好きで、ついついサイダーに手を伸ばしてしまうんだけれど。傾いたボトル。マルコが喉を鳴らす。ゴクリ、たったそれだけの事なのに、わたしの身体はどうしてこんなに火照るんだろう? 恥ずかしくて勢いよく飲み口に口付けた。

「ナマエはいつも元気だよね」
「……うん? そうかな?」
「そうだよ。羨ましいくらいに。悩みとか、あるの?」

 こてんと傾げられた首。「あるよ!」反射的に出た言葉がちょっと大きかった。マルコも目を見開いたけど、わたしの方も結構びっくりしてる。

「ご、ごめん!」
「いや、僕の方こそごめん。そうだよね、悩みは誰にだってあるよね」

 誰にでも……マルコにも? そう聞きたいけれど、なんか聞くには勇気がいる。でもこんなわたしでも悩んでるんだよ。あなたを思い続けて、あなたを思って悩む日々が3年目に突入しました、なんて言えたらどんなに楽なんだろう。「わかってたけど、きつい」はあ、と溜息。俯く顔。

「どうかしたの? わたしで良ければ、聞くよ」

 だって、嫌なんだもん。マルコが落ち込んでるのなんて。弱弱しく笑う姿なんて、見てられないよ。「本当?」「うん、聞くことくらいしか、できないけど」はっと上がった顔。視線がかち合うと、恥ずかしくて、でもその真剣な表情に逸らすことができなくて。

「うーん、恰好悪い話なんだ。好きな子に、振られた」
「………………………え?」

 好きな子、いたんだ。そっか、そりゃあ、そうだよね。わたしだって好きな人がいて、マルコにも好きな人がいるなんて、普通だよ。でも、振られるってマルコが? こんなに優しくて、素敵で、わたしの大好きなマルコが振られることなんてあるの?

「結構、堪えてるんだよね」

 ははは、と乾いた笑い声。それから、サイダーを飲む。音を立てて荒々しく置かれたペットボトル。ぶくぶく、ぶくぶく、泡が勢いよく上昇する。

 こういう時、何て言えばいいのかわからない。元気出して? 他にもいい子がいるよ? マルコなら大丈夫だよ? ……何かが違う気がする。「わたしは……、ううん、そっか。そうなんだ。それは、辛いよね」なんて言ってみたけれど、果たして何が正解なのかわからない。

「ちょっとだけ……ナマエに似てる」
「え?」
「すごく明るい子なんだ。あと、最近髪を切った。髪の色も大人しくなって、そしたら少し似てるって思った」

 どうして、わたしじゃないの? 思わず言いかけて、慌てて飲み物を飲んだ。ひたすら飲んで、飲んで、いつの間にか半分以下。ぐっと上がりかけた炭酸を無理やり飲み込もうと必死にもがく。

 開けっ放しの窓から涼しい風が入る。カーテンが揺れて、太陽の光が差し込んだ。キラキラとサイダーが光っている。ギギギと手前の椅子が引かれる音がして顔を向けると、影がかかった。「……マルコ?」急に立ち上がって、どうしたの? ぶらぶら投げ出していた足をぴたり、止めてみる。「ねえ」と真剣な顔に、ドキリとした。

「ちょっとだけ、目閉じて?」

 言われた通り、目を閉じる。静かな空間。わたしとマルコの息遣いが聞こえる。どうしてだろう、なんで目を閉じなきゃいけなかったんだろう。「そのまま」意外と近くで声がして、体が跳ねた。すん、と鼻の啜る音がした。すん、すん、わたしじゃない。マルコだった。――泣いてる、の? そう聞こうと口を開けて、声が出なかった。

 この現状を誰か明確に、わたしにわかるように説明して。

 逃げようとして引いた頭ががっつりと抑えられている。指先が髪を梳いて絡まって。どうしてマルコにキスされてるの? どうしてマルコは泣いてるの? どうして、どうして、疑問ばかりが浮かんで体が硬直する。言うことを聞いてくれない。柔らかく触れて、一度離れた。もう一度触れたら、今度はぬるりとした……舌? なんで、なんで、どうして。

 好きな人にキスをされて、こうも嬉しくないことなんてあるんだろうか。だって、わたしはわかってる。その子の代わりにされてるんでしょう? 止めてよ、そう言いたいのに目を少しだけ開けたら、涙が零れ続ける両目をぎゅっと瞑ったマルコがいて、抵抗することができなくなった。気持ちよくも、気持ち悪くもない。ただただ、虚しい。皮膚が粟立って、まるでサイダーみたいだと酸素の足りていない脳内で思った。

(どろどろした感情の泡が上昇を始めた。辿り着く先はどこだろう)
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