堕落した生活 | ナノ



 
 林檎が転がっている。無機質な部屋、生活感なんて見出せないその床に1個の林檎が転がっている。赤く熟れたソレは大変美味しそうに見えるけれど、まず疑うべきはあの変態ピエロだろうか。考えてみる。私は大して広くもない個室の中をゆっくりと、時間をかけ歩き、何かしらの違和感を探ってみた。けれど、結局視線は赤い林檎を捕えてしまう。

「人の部屋で何してるか」

 すたすたと彼はやって来る。決して綺麗とは言い難いパイプ椅子に腰をかける。手に持っていた本の背表紙を人差し指でつーっと撫で、首を傾げる。「用があるならささと言うね」パチリ、瞬きをして私を見る。

「林檎が落ちてたの」
「林檎?」
「ほら、あそこ」

 指を差す。マットすら敷かれていないベッドの脇、存在感抜群の赤。

「ああ、そういえば食べようと思て」
「珍しい。てっきりヒソカ辺りがこの部屋に来たんだと思った」
「……虫唾が走るね」
「ははは、酷い」

 朝も昼も夕方も、遮光カーテンで遮られた暗い部屋。夜は小さな明かりを灯すだけの部屋。――フェイタンはとても、変わっている。そんな彼を好きな私はもっと変わっているに違いない。

「食べても、いい?」
「……別にいいよ」

 手を伸ばして触れる。赤く熟れた果実。床に転がっていたので、少し躊躇ったけれど服の裾でゴシゴシと表面を擦れば艶っぽく輝いた。まあいいかと口付ける。固い、けれどその爽やかな味が、果汁が、口いっぱいに広がるのは堪らない。夢中で食べればボタリ、床に汁が落ちる。フェイタンはそれを見て顔を顰めたけれど、何も言わなかった。

 芯だけになった残骸。「ゴミ箱は?」「窓の外に捨てる」「外?」「ゴミ箱なんてないよ」――やっぱり彼は変わっている。それじゃあ、とベタつく手でカーテンを遠慮なしに開ける。日が入る。思わず目を瞑ってしまう程、眩しい。ゆっくり瞼を上げる。ああ、そうだ、ここは何処もかしこもゴミだらけだった。少しだけ隙間を空け、放る。窓を閉め、カーテンも閉める。「……美味しかたか?」「うん、とっても」「そう」フェイタンはもう何も言わなかった。手元にある本を開いて、読み始める。

 私は床に座り込み、彼の読書姿を焼き付ける。暫くするとパタンと音がして本が閉じられた。「終わり?」「終わた」「面白かった?」「まあまあね」それは彼なりの高評価といっても過言ではない。

「ナマエは面白いか?」
「うん、それなりに」
「こち、来る?」

 大きく頷いて、立ち上がる。彼の元へ行く。細い首筋に縋るようにして腕を回す。そのまま体重をかける。これくらいじゃあ、びくともしないし、何も言わない。「……そろそろ大きな仕事が入るね」「クロロ?」「ナマエは留守番よ。暫く1人」「えー嫌だよ。フェイタン、寂しいの嫌だ」ハハ、と乾いた笑い声。わたしはこの笑い方がとても好きだったりする。

「可哀想なヤツね」
「私?」
「ナマエ以外に誰、いるか」

 ハハ、とまた笑う。ちょっと不貞腐れる。フェイタンの指が頬を掠める。「ワタシ、いなくなたら、面倒見てもらえないよ」「そうかなあ?」「そんな物好き、いない」ふん、と今度は鼻で笑う。首に回った手を解く。フェイタンが私の手首を捕える。ベタベタしている手のひらをじっと見て、そこに舌を這わす。

「林檎、ね」
「うん、林檎」

 はあ、と吐いた息が手のひらにかかる。私は笑う。「くすぐったい」と笑う。フェイタンは肩を落とす。「……流星街に似てるからここにいるの?」彼は無言を突き通す。「私、ここに捨てられるの? また?」「ハハ、笑えない冗談ね」「置いてくんでしょ?」「置く、捨てる、意味違うよ」「違う?」

「戻てきた時に置いてたものあた方がいい」
「じゃあ、捨てない?」


 彼は嘘を付くのが下手くそだ。人を傷つけるのが上手だ。人とのコミュニケーションの取り方が下手だ。人を痛めつけるのが上手だ。

 置いていかれて、興味がなくなったらそのまま捨てられることなんて重々承知している。フェイタンはきっとそうなるんだろう。戻ってなどこないんだろう。不意に思い出されたのは、床に転がっていた1個の林檎のことだった。私の胃袋に収まった果実。フェイタンが食べようと手にし、結局忘れられた赤く熟れた林檎。――酷似、している。「……わかってるから、何も言わないでね」無理に笑う。開きかけた口を塞いでやる。この際、堕ちるところまで堕ちてやろうか。冷たい床に背を押し付けられる。

 美味しいところは食べて、要らない所は捨ててしまう。

 痛いくらいに揺さぶられる体、快楽の隅っこで至って冷静な私。「可哀想だって思うなら、助けてよ、バカ」ついつい口にした言葉に、一瞬だけ目を見開いた彼は「ハハ」とその乾いた笑い声を部屋に響かせながら、行為を止めようとはしなかった。

せめて毒林檎になりたい
(貴方を骨の髄まで蝕んで、やがて私無しでは生きていけぬように、と)




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