堕落した生活 | ナノ



 だって、仕方ないでしょう。世界はわたしをとっくの昔に見放してるの。こっちから願い下げよ。こんな下らない日常なんて。

 そう言って、いつの間にか手に持たれた拳銃。両手で心臓の前で構え、親指が引き金を引く不格好な光景だった。弾が発射される時の振動で、軌道がずれたのか一命を取り留めたものの、今も白いベッドに横たわるナマエは、彼女が知らない間に年を取り続けていく。

 ふう、と吐いた息は溜息よりもずっと深いものだった。お伽噺のように、恋愛小説のように、口付けで起きるならいいのに、と彼は考えそれから笑う。馬鹿らしい。自嘲して、彼女の頬を撫でた。少し前までは張りのある、抓み心地の良い頬だった。

「もう、止めてよ!」

 と不貞腐れ、そっぽを向き、「ああ、悪かった」と軽く謝れば「カイトだから許す」と笑う。そんなナマエが愛おしかったのに、あの時どうして止められなかったのか。それだけが後悔だった。

「……オレがいるのに、下らない、か」

 まるで存在を否定されたようで、一瞬思考回路が停止した。今も鮮やかに思い出される情景の中で、空を切ってだらしなく落ちた自分の右手が見える。止められなかったのか、止めようとしなかったのか、結局のところ答えは出ないままだった。

 骨ばった左手に指を添え、薬指をゆっくりなぞる。昔はなかなか抜けずにイライラしていたシルバーリングも、こんなに簡単に抜けるようになった。「早く起きてくれないか」そしたら今度は、こんな安っぽい指輪じゃなくて、もっと素敵な物にしよう。お前の好きなデザインで、幾らでも構わない、特別なリングにしようか。「ナマエ」名前を呼んで、彼女を覗き込むようにして覆いかぶさると、胸元をぐっとひらいて心臓の付近にキスを落とす。薄い皮膚越し感じる温かみと音に一息ついて離れると、「変なの」と掠れた声。

「……ナマエ?」
「おはよう、カイト。王子様のキスは口っていうのは迷信?」
「――ッ馬鹿野郎」

 起きて一発目がそれか、と呆れつつ希望通りに唇を塞げば生ぬるい舌が絡まった。暫くしてゆっくりそこから離れれば「カイトがいる世界なら悪くないね」と、血の気のない顔で笑うのが、切なくて愛おしくて、つい抱き留めた。「気付くのが遅すぎる」そう言えば、けらけらと乾いた声で笑うので、骨の軋む音が聞こえるまで強く、強く。


死にたがりにも朝は来るんだよ、お早うさん




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