堕落した生活 | ナノ



  
 肌に手を這わす。滑らかで、柔らかい女特有のソレが好きだ。触れると不思議と安心してしまうのは、覚えのない温もりを本能的に察知しているからなのか。手のひらの中でぐにゃりと形を変える度に、喘ぎ声が部屋に響いた。早く、吐き出してしまいたい。中心で疼いている熱を。相手がどうあろうが、好意がなかろうが、勃つものは勃つ。オレも男なんだよなあ。そう思う。吐き出したい。満たされることはない。目を閉じて浮かぶ彼女の顔。濡れた中心に埋め込んで、腰を揺らせば気持ちは良い。虚しさはます一方だけれど。「ナマエ」小さく呟く。下で喘ぐ女には聞こえるはずもなかった。「ナマエ」ああ、もう、限界だ。あとどれくらい彼女を想って、見知らぬ女に欲を打ち込めばいいんだろう。なんとなく、そんなことを考えながら。




「マチ、ナマエは?」

 見慣れた部屋だった。迎え入れてくれたマチに尋ねると「まだ寝てるよ」それだけ言って、リビングへと移動する。

「見てきていい?」
「シャワー浴びてからだろ。シャル、女の匂いする」

 眉を顰めて嫌そうにオレを見る。ああ、そのまま来ちゃったから。ごめん。素直に謝った。マチはふう、と大きな息を吐いてからオレを見る。呆れたような、興味のないような、そんな表情に見て取れた。

「まあ、頼んだよ。明日には戻るから」
「それまでに起きるかな?」
「さあ。団長もずいぶん、手荒に扱ってくれるよ」

 背を向けて玄関から出て行くマチをぼんやり見送ってから、浴室に向かう。バスタオルの場所も、オレの着替えの場所も知っている。それくらい、ここに入り浸ることが多いのは、居心地が良いからだ。他のヤツらも色々置いていってるみたいだけど、結局はそういうことなんだろう。

 ナマエが寝込んでるから来て。素っ気ない一文を画面越しに見て急いでホテルを出た。電話をかけると、「団長が気絶させたみたい。よくわからないけど、さっき運びに来た時言ってた」と説明された。会場でナマエがおかしくなったのか。それとも他に理由があるのか。何度かけても繋がらない電話に苛立ちながら、ここに辿り着いた。

「──?」

 シャワーの音でかき消された声に一瞬驚いて、蛇口を捻る。不透明なガラス越しにナマエのシルエットが見えて、扉に手を伸ばした。「起きた?」

「う、わ、シャルくん?」

 上擦った声に思わず笑って「なに?」と答えると、予測通り「ごめん! マチだとおも……し、し、しめて!」余裕の無い彼女の声が聞こえた。

「あ、タオルとって。もう上がるから」
「う、うん」

 水分を拭き取りながら、自分の下着が入ってあるだろう棚に手を伸ばす。あれ……。

「ナマエーー! オレの下着ないんだけど」
「え、嘘?」

 パタパタと足音が近づいてくる。「開けていい?」肯定すれば恐る恐る、という表現がしっくりくるような覗き方で顔が見えた。

「タオルまいてるって」
「いや、そういっても、恥ずかしい」

 目を伏せて棚をあけていく。俯き際に伸びた首筋が赤い。締められた? 団長に? でも、どうして?

「首、赤くなってるけど」

 びくん、肩が跳ねて手が首に張りついた。まったく隠しきれていない痣に人差し指を添えると、さらに体がはねた。

「ねえ、団長?」
「えっと、あ、あった。ごめん、間違えて他のとこいれてた」
「ありがと。で?」
「えっと、わたしが不謹慎なこと言ったから」

 怒らせた、のかな。わかんない。

「不謹慎?」
「ふきん……し、ん」

 
 想い出すように紡いだ言葉が、だんだんと泣き声に変わっていくことに驚いた。「ナマエ?」名前を呼ぶと、どうしよう。どうしよう。シャルくん。と顔を伏せる。

「もう、わかんない。クロロも、みんなも、わからない」

 わたし、こわいの。

 そう、小さな声で紡いだ言葉に心臓がはねた。「なにが、怖いの?」上がる顔。潤んだ瞳から流れる雫。──思わず、欲情した。

「み、んな、いなくなる?」
「1人になるのが、怖いの?」

 だめだ。手を、伸ばしたら。触れたら、きっと、止まらなくなる。そう言い聞かせて、息を吐く。「わたし、邪魔かなあ」震える声。

「どういうこと」
「わからない」

 ふっ、と自嘲するかのように。歪んだ顔だった。見たことのない表情に、ならナマエは、オレの下でどんな風に喘いで、どんなふうに狂うのだろう。この顔以外にも、まだ知らない顔を持っているんだろうか。何故かそんな思いが渦巻いた。「オレなら、絶対1人になんかしない」初めに優しくして。それから、突き落としてしまいたい。湧き上がる感情、歯止めがきかない。

「シャルくんは、いっつも優しい」
「ナマエが、大切なんだよ」
「わたしが……?」

 大切だ。そして誰よりも、好きなんだ。昔も今も変わらずに。その言葉を飲み込んだ。伝えた瞬間、彼女はオレの側から消える。わかりきっている。

「わたしも、シャルくんが大切だよ」

 そう笑って、小さな両手が手のひらを包んだ。「きっと、オレのとは違うよ」パチリ、瞬きをする度に長い睫毛が影を落とす。「違う? 違わないよ?」柔らかそうな唇は……少し、切れていて。

「ねえ、怒らないでね」
「怒る? どういうこと?」
「んー」

 手のひらを包んでいた手首を掴み、引き寄せる。限界だ。でもこれ以上はだめだ。小さな体、脆い体。きっと力を込めたら折れてしまう。そう思いながら、優しく抱き留めた。「シャル?」心底驚いたような声の方を見れば、少し赤らむ頬、パチリとあった目が、右へ左へと忙しない。

「ナマエが辛いの嫌なんだ。知ってるだろ?」
「えっと、うん、そうだった」
「傷つくのも、嫌だ」
「……ありが、とう」

 ねえ、手回して。え、こう? ぎゅーってして。シャルくん、どうしたの? どうもしないよ。ただ、触りたくなったんだ。

 鼓動が激しい。髪の毛に顔を埋めるといつものシャンプーの香りがする。女の人って、どうしてこういう良い匂いがするんだろう。男を誘う為としか思えないんだけど。一度体を離して、「ナマエが元気になりますように」そう告げると、彼女は何も疑わずに笑うのだ。「ありがと」そう、笑顔で。理性を欲望が越えた瞬間だった。髪の毛を分けて、額に唇を落とす。「シャルっ!」頬、鼻、それから首筋に。「くすぐった、いよ」オレが今できる精一杯の愛撫を、彼女はじゃれてると勘違いしているんだろう。もう、それでいい。ナマエに触れられるなら、どんな勘違いも受け入れる。それくらい、彼女を愛しているし、大切にしたいと思ってるんだよ。ねえ、ナマエ、どうしてオレじゃ駄目なの?


(君が振り向くならどんなことも受け入れる。その思いすら、踏みにじる彼女の笑顔すら愛おしい)




「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -