堕落した生活 | ナノ



 彼らと共に生活して募った感情といえば『違和感』というわたしと彼らの間に生まれた『差』で粗方のことは表せた。唯一、血族関係にある妹に対してもその思いは消えることはなかった。何が一番違うのか。それを考えて1日、2日……3日目には放棄する。ああ、考えても無駄なんだ。受け入れるしかないんだ。そうやって逃げて来た。

 わたしにとって幻影旅団という存在は家族に等しかった。物心ついた時には彼らと生活を共にしていたし、マチと同じくらいに愛おしい。砂埃に混じった異臭も、瓦礫の山も、その中から見つけ出されたキラキラと光るビー玉も、世間からしたら不必要な屑が宝物だったりした。それだけで十分だった。棄てられた幼児が野垂死んでいたのを見て、『わたしはまだ生きている。飢えを感じているのは生があるからだ』と実感することもできた。

 どうやら彼らは違うらしい。生きる為には『盗み』が必要で、『盗み』を働いた時に『生』を感じている。その欲は限界がない。他人の『生』を奪うことも自分の『生』に繋がると見出してしまった。恐怖や、哀れみの感情はない。それが幻影旅団だ。

 悲鳴と、血飛沫と、死体。

わたしの望んだものは違うのに。平凡な普通な生活なのに。好きな人ができて、お付き合いして、結婚して、子供を産んで。幸せな家庭を、未だかつて経験のない幸せを。年老いて死に逝くときも「ああ、幸せだった」そう言いたい。

「こうは、なりたくない」

 奪われるのも、奪うのも嫌だ。「クロロ、嫌だよ」きっとわたしの声は届いていない。いや、聞いていない振りかもしれない。真一文字に口を結んだ彼の無表情を視界に入れた途端、背筋に粟立った。何を思って、この情景を見ているのだろう。――「怖い」

「オレは、お前の方が怖い」
「な、に?」
「この様を見て、過去に浸るお前が人間だとは思えないが。ナマエ」

 体が、跳ねた。

「死んでいく奴らを見て、幸せを望み、こうはなりたくないと吐き捨てる」

 悪魔だな。

「クロ、」
「そろそろ認めたらどうだ? オレ達といることが普通なんだろう。転がる死体を不憫に思うのは、自分が今ここで死ぬことがないと思っているからだ」
「ちが」
「何が違うんだ? なら教えてやろう」

――普通の思考回路なら、逃げることを考えるだろうな。ここから。オレ達から。

「だって、クロロ」
「どうして今まで逃げなかった? 平穏な日常を望むならオレ達とは縁を切るだろう。まあ、切る程の縁は初めから無いに等しいが。オレ達はお前を追いかけたりしないし、連れ戻そうなんて気は最初から持ち合わせていない」

 わたしは開きかけた口を閉じた。俯いて唇に歯を立てるのは、悔しいから? 寂しいから? 自分が許せないから? 血の味がする。濃い、鉄の味。もう、何も言えない。言葉がみつからなかった。じわじわと熱くなる目頭。滲んだ視界にわたしの足。クロロがわたしの為に用意してくれたハイヒールと、ゆらゆら揺れるミントグリーン。

「……今日、どうして連れて、来たの?」

 彼はその問いに答えてはくれなかった。「嬉し、かったんだよ」普段は絶対着れないような、高いドレス。お世辞だろうけどシャルくんも似合うね。って笑ってくれた。何より、わたしなんかの隣をクロロが歩いてくれたこと「ほんとうに、嬉しかった」のに。

「酷、」

 背中に鈍い痛みが走る。「痛ッ!」後ろの壁に押し付けられ、首筋にクロロの爪が食い込んだ。苦しい。声が出ない。零れるのは溜まりに溜まった涙だった。上目に彼を見ると、見下した無表情があった。わからない。クロロが何を考えているのか、わからない。

「泣くなよ」

 虐めたくなる。そんな言葉が聞こえた気がした。酸素が足りなくて意識が朦朧とする。ああ、死ぬのかな。なんとなくそう思った。クロロが言った通りなのかもしれない。わたしは逃げれなかったんだ。臆病だから。弱虫だから。――寂しいから。

「血」

 ふっと急に緩んだ力に、わたしは浅い呼吸を繰り返す。「噛んだ?」柔らかな物言いに、目の前の男を疑った。いつもより幼い、クロロの頬に力の入らない指先を這わせると一瞬驚いたのか、黒い瞳が大きくなる。気にせずわたしは額のバンダナへと指を移動させた。調子が狂う、から。もし死ぬのなら、いつものクロロがいい。どうせなら最期、額の十字架を拝めたら、天国に行けるんじゃないかって。バカな発想。それでも、ずらした。

「何だ」

 ああ、クロロだ。「クロロに殺されるなら、いいかなって」思ったんだよ。生憎だけど、1人じゃないし。精一杯、口の端を上げてみた。先ほど噛んだ唇がさらに切れて痛かったけれど、笑った。クロロの親指がわたしの唇に触れ、押し潰す。さらに痛みが走った。

「誰が、殺すか」

 視界いっぱいにクロロの顔が映る。「え」上げた声がくぐもった……のは、塞がれてしまったから。声を押し込むようにして唇で塞がれた。思わず固まった体。思考。お構いなしに、クロロはそのままわたしから離れようとしない。ついさっき、呼吸ができなくなった時とはまた違う苦しさが押し寄せて来た。溺れる。何故だろう、そう思った。酸素を求めて開いた口から、ぬるりと侵入したソレに絡めとられ吐いた息の艶に驚いた。理解するより先に、血の味が広がった。それにはっとして、だらんと下がっていた手でクロロの背中をトントンと叩くと、彼はゆっくり離れて首を傾げてみせた。「な、な、なに」

「死にたいなら勝手に死ねばいい」

 その言葉に反応しようとして、意識が遠のいた。鳩尾が痛むのは彼の仕業で、もう意味すら問うこともできない。ねえ、クロロあなたはわたしに何がしたかったの。目が覚めたら聞いてみようか。そうして視界が黒に犯された。


(尊敬、信頼、それから畏怖を、絶対的強者に捧げる)




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