堕落した生活 | ナノ




 ほら、彼女はとても美しい。――そんな陳腐な歌詞を並べた曲がふいに頭を過ったのは、車で流れていたラジオのせいだ。最近、どこの局でもよくかかっていた。

「シャルくん」

 思わず、呼ばれたのが自分だと気付けない程の衝撃。隣に立っているのが団長だとわかっていながらも、悔しくなる。ああ、そうだ。どんなに押し込めてもナマエは……

「どう、かな? 似合う?」
「……すっごく、似合ってるよ」
「シャル、あまり褒めるな。調子に乗る」
「クロロうるさい! ありがとシャルくん」

 彼女は何も知らない。だから屈託のない笑みを浮かべている。「じゃあ、行こうか」車に乗り込んで向かう先、夜には血の海と化す煌びやかなオークション会場。



「会場に着いたらオレから離れるな。一時も、だ」
「トイレとかは?」
「パクが既にいる。その時は声をかけろ」
「……パク? ねえ、待ってそれって」
「着いたよ。じゃあ、また迎えに来るから」

 わたしの質問に被せるようにしてシャルくんはそう言った。停められた車の先には高そうなスーツを着込んだ大柄の男の人が数名立っている。「ねえ、シャルくん行かないの?」「ごめんね。仕事なんだ」じゃあね。とシャルくんは手を振る。ドアが開いたので、渋々降りるしかなかった。

「こちらへ」

 クロロはちらり、わたしを横目でみてそれから笑った。笑ったというよりは、口の端を少し上げてみせた。それからぐっと体をわたしに寄せて囁く「シャルの方が、良かったか?」え、と反射的に声を上げた時には、クロロが一歩踏み出したので慌てて足を出した。もつれる足を必死に立て直して、顔を上げる。

「何、どういうこと」

 その質問には答えずにクロロはわたしの腕を掴んだ。そのままぐっと引き寄せて「掴ってろ」そう言って、少し折り曲げた腕にわたしの腕を絡ませた。……くそう、恰好良い。こういうの、さらりとやってしまうところが、本当に憎い。

 ロビーを通って会場に着くまでの間、視線が痛くて俯いた。シャルくんもそうだけれど、彼らには人を魅せる何かがあって、それは平々凡々を貫くわたしにはないものなんだと気付いたのは、いつ頃だろう。血の繋がっているマチでさえ、ふと惚れてしまいそうなことがある。その中での劣等感は日々、募っていった。だから、きっと、あそこから飛び出してしまいたかったんだ。「名前」外の世界なら違う、って。わたしのような人間が溢れる程いるって。「ナマエ」そうして、それもまた違うのだと思い知らされ「ナマエ!」「わっ!」

「物思いに耽るのもいいが、今は禁止だ」
「……え、あ、ごめん」
「始まる。黙って、ここにいろ」

 ズラリと並んだ椅子の1つに座らされ、当たり前というように彼は隣に腰掛けた。既に埋まりかけた会場。数十メートル先にステージがある。規模としては、そう大きくない。人数も百人いるかどうかくらいで、しかし見渡せば皆、お金持ちの類のように見えた。

「あれ、ナマエさん?」

 通路から名前を呼ばれたような気がして振り向いた。「あれ、どうしたの? あ、フェルマンさんお疲れさまです」まさか偶然とはいえ、2人に出くわすとは……。ちょっと、気まずい。

「これ、パパ主催のオークションなんです」
「え、お父様の?」
「ボクも急に言われて驚いたんだ。えっと……」

 明らかに2人の視線がクロロに向かっている。「こんばんは。ナマエの会社の方ですか? いつもお世話になっています」――恐ろしい。スラスラと笑顔で、なんて恐ろしい!

「ナマエさん彼氏いたんですか! こんな素敵な!」
「いや、あの、えっと」
「お父様のパーティーだとは知らず、失礼したね。今度開催される時にはまた参加するから教えて欲しいな」
「クロロ、えっと、あれ?」
「是非いらして下さい、クロロさん!」
「ありがとう。ほらナマエもお礼言って」
「うあ、ありがとう、ね」

 それじゃあ、また。とフェルマンさんが手を振ったところで、彼女たちは通路を談笑しながら歩いていく。遠ざかったところで「クロロ」名前を呼ぶと、しれっと「何だ」とか言ってくるあたり。腹立つ。

「友達とかさ、なんか言ってよ」
「オレ達は友達だったのか?」
「いや、違うかもしれないけど……。なんか、あれ勘違いされたよ」

 明日からの会社が億劫でしょうがない。ナマエさんには釣り合わないくらい素敵な人、とかなんとか言われてしまうのだろうか。辛い……。フィン辺りだったら怖くて声とかかけてこなかったかもしれないのに……。クロロとか辛い。

「させとけばいいだろう。何だ、不服か」
「うー」
「――始まるな」

 辺りが一気に暗くなり、ステージ上にスポットライトがあたる。司会だろうか、スラリとした綺麗な女性がマイクを片手に頭を下げた。「クロロ」「何だ」「何するの」「決まってるだろう」――アレはオレのモノだ。

 いくつもの明かりを浴びた女性は、その場に伏せる。というよりも倒れた。頭と胴がバラバラに。ああ、フェイタンだ。その一瞬映った影がステージで光を浴びる。悲鳴と動揺でごった返す会場。わたしはひたすら考える。彼女の人生を、これからを。勝手に想像しては辛くなる。「きっとこのまま生きていたら、結婚して子供も産んで、幸せに暮らせていたかもしれない」クロロは笑う。「借金に塗れていて死ぬ運命を辿ることもあるだろうな」

 それでも辛いのだ。例えこの会場にいるほとんどが他人でも。人の命を奪うという悪行。「必要?」「いや、別に」「こんなこと、しなくても」「なら助けてやればいい」「……クロロ、最低」こうして目を背け、わたしは俯くしかない。


(わたしは彼らを愛している。それはこの行いすら愛することになるのか)



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