堕落した生活 | ナノ



 
暫く車を走らせることにした。特に用事もなく、道なりに沿って。街灯は煌々と街を照らしていた。その下を楽しそうに歩く男女を見て、「このことだろうな」と安易に予想はついた。ナマエの悩みなんて、本当に詰まらないことだ。そんな事を考えて、ぐだぐだと今日1日を過ごしたのだろうか。――本当に、詰まらない。

 ホームに着く頃には、既に彼女を送ってから2時間近くが経過していた。そんなに経っていたとは自覚しておらず、思わず溜息が出た。向かう先は決まっていた。足早に、その一室に向かう。

――コンコン

 無機質な廊下にその音はよく響いた。返事は聞こえなかったが、どうせ読書かパズルだろう。そう見込んでドアノブに手を掛けた。

「なんだ、用か?」

 団長はオレを一切見ることはなかった。椅子に腰をかけて、いつもの前傾姿勢で本を読んでいる。その近くには真っ白のパズルが既に出来上がっていた。これが、ナマエが言ってた、ミルクパズルか。

「今日、ナマエ来たよね」
「ああ。それが、どうかしたか」

 パタン、音を立てて本が閉じた。ということは、何か気がかりなことでもあったのだろう。団長はソレに気付いて、気付かない振りをしていたらしい。

「結構、滅入ってるみたいでさ。明日、夜会いに行くからパス」
「なんだ、また相談聞きにいくのか」
「オレの仕事の1つだしね」
「どうせ今日辺りマチと飲んでいるだろうが……そうだな」

 手を口元にあてるのは、物事を考える時の団長の癖だった。「よし、オレも行こう」「え?」「どうせシャルとパクだけだったしな。予定変更だ。オレも行く」

「団長、それってどうなの? 別にオレ、情報は入手したし元々は明日の夜の時点では付き添いみたいなもんだったよね」

 欲しい古書がある。そう言われて調べ上げると、明日開催される規模の小さいオークションへの出品作品だった。ビルの間取りは調べてあったし、参加するメンバーも顔を割り出していた。これでオレの仕事はほぼ終わりだ。でも、団長は明日の夜が本番なんだけどな。と首を傾げてしまう。

「フィンに行かせよう。暇だと騒いでいたしな」
「……まあ、いいけど」

 時折、団長の行動は理解の範囲を卓越する。そこまでナマエのことを想うなら、どうして今日の時点で――彼女の違和感に気付いた時に、声をかけてあげなかったのだろう。オレなら、そんなことは絶対しない。ナマエの様子がおかしかったら、例えその答えがわかっていても放っておくことはしないのに。

「アイツは……蟻だ」
「蟻? どういうこと?」
「――首を失った蜻蛉、読んだことは?」
「えっと、トシロウ=ササキ?」
「ああ」
「ごめん、読んだことはない」

 そうか。団長はそう呟いて息を吸った。静寂な部屋、息をする音だけが聞こえる。

「蟻は労働者のように終日こつこつと働いて食うし、蜘蛛は資本家のように、暑い夏の日の梢から枝へとハンモックを釣って寝ていて食っている」

 彼の声は低く、小さいが、よく響き渡った。読み語りのように滑らかで、心地の良いものだった。蟻がナマエ、蜘蛛はオレ達のことだろうか。

「だが、両方とも生きるために他の動物を殺すことは少しの躊躇もないらしい。そしてそれが生きようとする正義なのだろう。自分を欺かない意志だろう。生きるための唯一の路だろう……」

 ピタリ、空気の震えが止まった。「それって……」オレは口を閉ざす。

「ただ、オレはナマエを蟻だと思った。この本を読んで真っ先に、アイツが浮かんだ。それだけだ」

 それだけを言い残して、団長は閉じていた本を開いた。オレは静かにその場を離れる。その言葉は、眠りにつくまでオレの思考を支配し続けていた。


(「だめだよ、シャルくん! アリさんがいるよ」「アリ?」「いっしょうけんめいはたらいてるの。ふんだらかわいそうだよ」「かわいそう?死骸を運んでるのに?」そんな夢を見た。遠い昔の夢だった。)

引用 佐佐木俊郎/首を失った蜻蛉



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -