車を数分走らせると、街灯の多い開けた土地に出る。道路もしっかりと整備され、つい先ほどまでいた暗く、しんみりとしたホームとは打って変わり都会だ。
「へえ、それでパズルちゃんね。ナマエの思考回路が突飛すぎる」
平坦で真っ直ぐな道路を見据えて、シャルくんは軽くハンドルを握っている。わたしはこの姿が堪らなく好きだったりするけれど、それは言う程のことでもない。だって、大人になったんだなあ。って、それだけだから。シャルくんは今も、昔も格好良いことには変わらない。
「クロロの彼女にぴったしだよ? 何も言わないで黙々と着いていくとか」
「そんな女つまらないよ」
「そう? そういえばシャルくんの彼女は明るい感じがする」
遠く、見たことがあった。急な風に髪が靡き、顔にかかってよくは見えなかったけれど、その間から見慣れたシャルくんと横を歩く女性がいた。その人と顔を見合わせて笑っていた姿を思い出す。だけど、彼女といるのを見たよ。なんて野暮だから言わない。わたしはいつからか、こんなにも物事を遠慮するようになった。大人になるって、そういうことなんだと漠然と思ったりもする。
「まあ、うるさい子はキライだけど。元気な子と付き合う方が多いかな」
「……シャルくんの幅広い恋愛関係に首突っ込めない」
「あはは。ナマエも彼氏くらいつくればいいのに」
シャルくんはそう笑ってカチカチとウィンカーを作動させた。ここを右折すれば、わたしの住むアパートはすぐそこだ。
「シャルくん、わたしおかしいのかな?」
「へ、何が?」
くるり、ハンドルを右に回してからシャルくんはわたしを見た。「あ、危ないよ! 前、前!」通路に侵入すると、ちょうど対向車が走って来た。STOPなんて標識は、最早意味をなしていないのかもしれない。ぐっと壁のギリギリを沿うようにしてシャルくんは一度止まった。「で、何が?」「え?」「さっきのおかしいとかなんとか」ゆるゆると車が発進した。もうすぐで家なのに、わたしのタイミングは最悪だった。
「えっと……、その」
「うん」
「もう、着いちゃうし」
そんなに長い話なの? 何か悩んでるの? どうしてもっと早く言わなかったの? シャルくんはまくしたてるようにそう言った。こうしてわたしに弁解の余地すら与えないのは、少し腹が立っているからだろう。わたしも、つい口から出た言葉をどうにか回収したいのに、どうにもならなくてイライラした。
「着いたよ」
ギッとサイドブレーキの引かれた音。ハザードランプのカチカチの音。エンジン音。そして、溜息が聞こえた。わたしは顔を上げることができなかった。「ごめんね」「何に?」「ううん。ありがとう」「……どういたしまして」早くこの場から去ってしまいたい。消えてしまいたい。ドアに手を掛けた。そして半身を出そうとした時、ぐっと右手を引かれた。痛い。と思うよりも先に「待って」と横から声がした。思わず振り向く。
「明日、仕事いつも通り?」
「え、うん」
「終わりも?」
「そうだよ」
そっか。じゃあさ。明日、迎えにいくから。ご飯食べに行こうか。
「うん、ありがとう」
「じゃあね」
わたしは上手に笑えていたかな。シャルくんにはきっとわたしの思ってること、気後れしていること、本当は何も話したくないこと、全部わかっているんだろう。そうやっていつも、わたしが悩んでいるとシャルくんは気にかけてくれる。それは、どうせ幼い頃からずっといるからだ。わたしが笑ってないと、シャルくんは辛いと言った。そうやってわたしの芯まで弱らせて、優しくされている。
――それに、いつまでも甘えてることが悔しくて許せないのに、わたしは彼の差し出したカードを受け取る他にない。それが例え、ジョーカーでも。わたしはハートの女王だと信じて手にしているのだから。
(トランプのハートの女王は“愛情”って意味もあるんだって、昔誰かが言っていた。へえ、それって何か皮肉だね。え?)