堕落した生活 | ナノ



 撫でられ続けていた髪が湿り気を帯びる。それをそのままにしていると、乾く頃には首が一定のリズムで前後し始め、更には眠りについたらしい。

「寝たよ」
「悪ィな」

 それはまさしくナマエが泣きじゃくりながら待ち望んだ彼である。無視かよ、とだけを言い残し出ていったが、フィンクスは始終見ていた。

 ナマエの頭からそっと手を退け、「もう冷めたね」と、フェイタンは湯気の出ていないマグカップを一瞥して言った。

「ああなるとナマエ、聞かねェからな」

 フィンクスは静かにナマエを持ち上げた。眠りはどうやら深いらしい。かくん、と白い首が重力をそのままに仰け反った。それを見届けフェイタンが鼻を鳴らす。

「そうしたのは誰か?」
「俺たち、だろ?」

 フィンクスは笑った。オレのせいじゃない。まさしくそう言っているように見受けられて、フェイタンは肩を落とす。そんな彼をそのままに2人は廊下へ消えていった。

 考えるまでもなく、そうだった。
 育て親はノブナガだけではない。関わった者全てで形成されたのがナマエである。

 家族を知らずして、他人に関与した結果がアレなのだ。

 片や、可愛がり甘やかし。
 片や、興味本位で。

 彼女の精神はいつも不安定で、誰よりも繊細だった。来たばかりの頃は、何にでも興味を持ち、負けん気の強い子だったのだが、その姿はいつからかぼんやりと消えていった。今はまだ、周りを頼るからいい。その弱さを、思いを誰かしらに吐き出すのは面倒事ではあるが、己を傷付けていた時に比べれば遥かにマシだ。


『だって誰よりも早かったの。私が穢れてる証拠じゃない』
『別に、そうとは限らないよ。年なんか関係ないさ』
『マチはいつもそう言う。でもイヤなの。私に流れているのがアイツの血だって。そう思うだけで死にたい。でも、死なせてくれないじゃない』
『死ぬな、なんてここの誰も言いやしないよ。死にたいなら見つかるような所で死ななきゃいいだけだろ。バカみたい』


『――抱いてやろうか』


 甘ったるい香りに混じって、ツンと鼻の奥を刺激する匂いがする。重い瞼をうっすら開けて見ると、映るのは匂いの正体だった。

「気分は?」
「……さいあく」
「だろうな」
「はやかったね」
「どっかの誰かが泣き虫だからな」
「泣かせる人がいるからね」

 ナマエはベッドから這い出して、窓辺で一服するフィンクスの傍らへ向かう。窓の外は分厚い雲で覆われていた。果たして、今は昼なのか夜なのかさえわからない。

「雨、入る」
「あー」

 ふう、と一息吐くと、親指と人差し指で摘まんでいた細い煙草を壁に押し付けた。小さな火がしゅんと消えると、外へと放り出す。

「昔の夢、見てたみたい」
「なんだ、死にてェのか?」

 フィンクスは乾いた声で笑った。それを薄ら目で見ていた彼女は、扉の方へと向かう。

「うん、やっぱり死にたい」

 ナマエはそれだけを残して部屋を出る。フィンクスは何も返さずに、窓の外を見ていた。


 雨が、強くなる。

When I slept a deep sleep, is there the trouble?

きっと死ぬまで魘されるの、この血が私を蝕むから。




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