堕落した生活 | ナノ



 夜空の星に圧倒される。ここだけ一部切り取られたみたいにして、星が散りばめられている。いつもは人口の光に犯されて見えないような小さなモノまで視界に入ってきた。
 わたしの前を歩くイルミ様は、きっといつもより歩くスピードが遅いはずだ。それなのに、顔を上げて歩く遅いわたしの前をゆっくり進んでいた。

「空好きなの?」
「いえ、こんなにキレイなのは見たことなくて」
「へえ」

 振り向きもせずに、どうしてわかるんだろうか。これも殺し屋のスキルなら、わたしはここで過ごすにあたって、全てを見透かされてしまう気がする。

「キルはどうだった?」
「とても気さくな方でした。正直な話、普通の男の子という印象です」

 そう。呟いて、振り向く。わたしよりも長い髪の毛一本一本が、まるで上等な絹のようだった。

「なに?」
「いえ、綺麗だな。と」
「……もしかして、天然?」

 いつもの無表情が一瞬崩れて、大きな目をさらに見開いた。

「そんなこと初対面の男に言わないよね、普通」
「え、あ、気を悪くされましたか? 申し訳ございません」
「そうじゃなくて。まあ、いいや。――ココ。離れ。適当に使って」

 細く角ばった指が差した離れは、繁みの奥にひっそりと佇んでいた。離れ、とはいうものの大きい家だ。ここの人たちは、やっぱり価値観が違うのだろう。

「1人で、ですか?」
「うん。寂しい? オレの部屋来る?」
「……ご遠慮させて下さい」

 冗談か本気かわかりにくいので。その能面のせいで。という言葉を必死に呑み込んで、目的地に向かう。途中、イルミ様が「ああ、そうだ」と呟いて、足を止めた。

「くれぐれも慎重にね。キルと友達になんてなったら本当に殺しちゃうから」
「……はい」
「お前はオレの言うことだけ聞いてればいい。生かす理由と価値はそれだけ」

 急に辺りが暗くなったのは、分厚い雲が風に流れて月を隠してしまったから。ぼんやりと朧げな夜月の光に、彼の顔が照らされる。綺麗だとも思ったし、恐ろしいとも思えた。
 自分の為に生きてきた年月が、この瞬間に尽くすためだけのものに変化した。それでも、相当な配慮をされているはずだ。とも感じたし、要するにこの状況を、未だ何一つ呑み込めていないのかもしれない。

「理由と価値。それが、わたしの」
「うん。ナマエは、そこまで悪くない」
「悪く?」
「そうだな……。執事はオレ達に精一杯尽くしてはくれるけれど、融通が利かない。そういう風に仕込まれているから。そしてキルの望むフツーの友達にもなれはしない」
「ここの人だから」
「うん。暫くはここに留まるだろうね。飽きたら飛び出して行くんだろうけど」

 飽きたら……、それはわたしに? なんて口が裂けても言えなくて。その時のわたしが、どうなってるかなんて想像もしたくない。この男は歪んでる。ただ、愛情は真っ直ぐに捻じれてキルアくんに向かっている。

「イルミ様は……本当にキルア様が大切なんですね」

 当たり前だろ。と呟くようにして出てきた言葉が耳元に届くと、お兄ちゃんだなあ。と純粋に感じることができた。それが、もし依存という愛だとしても。
 わたしは知っている。支配する愛も、支配される愛も。お前なしじゃ生きていけないと死んでいく人間も、殺す人間も。それを一言に「愛してる」という理由で片づけた愚かな男を知っている。――彼は、ソレに似ている。

 



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