堕落した生活 | ナノ




迷惑をかけたいわけじゃなかった。ただ、言葉が上手に出てこなくて(これは、きっと、寒さに声まで凍ってしまったんだろう)代わりにぼろぼろと涙が零れ落ちていく。初めは「なんだ?」「何が言いたい?」と、声をかけてくれた飛影も、次第に口数が減っていき、溜め息ばかりが口から漏れる。それにさらに過剰に反応して、泣きたくなんかないのに、それは止まる気配を見せない。

「帰らないのか」

彼の声は低く、お腹の深くに響き渡るような気がする。決して甘くはない声が、わたしの体温を上げていく。もしもわたしが雪なら、この一瞬で溶けだして消えていくのに、実際は手の平の体温に到達するまで、柔らかな形を保っていた。

痺れを切らした飛影の手がわたしの手首に触れる。それは驚くほどに温かく、この雪の中突っ立っていた時間は同じだというのに、体温は全く違う。溜め息も白い息となって現れるから余計気にしていたのに、寒さなど気にしていないようだった。


ぐっと、手首が引っ張られ、息を呑む。視界は黒に支配され、触れ合った体の部分だけが妙に熱い。背の高くない飛影。だけど、この安心感。どんなものよりもわたしに唯一の安堵を与えてくれる、彼の体温。

それを失うことの怖さを、わたしは知ってしまった。

「泣くな、馬鹿」

ゆっくりと、優しく、飛影の手はわたしの頭を撫でていく。涙はとめどなく流れ続けた。面倒だと思われてるかもしれない。お、重いとか。考えれば考えるほど、深みにはまって抜け出せなくなる。底なし沼のようだ。飛影への思いがどんどんと積もって、自身が溺れて沈んでいく。なんて、汚いんだろう。

「帰って、くる?」

押し付けた唇から発した言葉はくぐもって、泣きじゃくりながらのそれは、嗚咽に近い。それでも、なんとか懸命に言葉を紡ぐ。

「さあな」

あまりにも乾いた言葉。それでも、手は止まることを知らない。

「死んで、もッ、かえッてき、てッ」
「死んでも真っ先に来るから、泣くな」

鬱陶しい。

きっと、彼はそう言った。聞くより先に唇を押しつけてしまった。ギュッと強く瞑っていた目をそっと開くと、広がる雪景色と飛影の姿。銀色の世界にポツンと黒が栄える。そんな幸せに満ち溢れた世界に、土足で踏み込んだ愚かなわたし。

「気の済むまで待てばいい」

彼はそう言って優しく微笑んだ。

それはわたしの目に淡く滲んだ光景だった。あまりにも綺麗に笑ってみせた彼は、わたしの創った幻だろうか。

温かな日の光に照らされて溶け出した雪。咲いた桜。茹だるような暑さにも負けずに、わたしの中で決して溶けていかない彼。あの日の柔らかな雪。あの時の言葉を思って、わたしは待ち続けるばかりです。




「気は済んだか?」そう目の前に現れた彼に、笑って迎え入れるほんの少し前。




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