堕落した生活 | ナノ



わたしの惚れた男は、何よりワインを飲む姿が冷艶だった。グラスが傾いてその濁りのない赤が口へと流れる。ごくり、喉仏が上下して、それがとてつもなく色があった。

「何?」

黙って首を降る。1つでも声を発したら、目の前の素敵な絵が崩れていきそうだった。ああ、撮っておきたい。記録に残しておきたい。そんな欲求にかられ、堪らずにカメラを手にした。

「殺す気?」
「あ、つい」

わたしのカメラで撮影されたものは、それが具現化して現れる。それを赴くままに動かすことのできる24時間は、わたしは仕事のために使うものだった。具現化したものと現実がリンクするために、専ら暗殺に用いられることが多い。

「きれいだなあって」
「……俺が?」

首が頭の重みに耐えられなくなり、こくりと傾いた。大きな黒い瞳がわたしを見抜く。さらり、そこらの女よりも手入れの行き届いた髪の毛が流れていく光景は、なんとも美しい。

その後ろにある大きな窓が、街の灯りでチラチラと光る。これを枠に彼を納めることができたらどれだけ幸せなのだろうか。

「あー撮りたい」
「何に使うの?」
「想い出に残せたらいいのに。死ぬ前に」
「俺が?ナマエが?」
「どっちだろうね」
「なんでできないの?」
「セイヤク」
「ふーん」

さも興味もなさそうに目の前の料理に手をつける。いつもより豪華なのは、どちらかが最期だからかもしれない。

「今日中の依頼なんだよね」
「うん、わかってる」
「今日中に死ぬんだよね」
「それはわかんない」

どちらか、というよりわたしの、か。

「俺に勝てるの?」
「撮れれば」
「そんなスキないよ」
「んー」

そんなことは解りきっている。暗殺のエリートに敵うはずもない。わたしは今日死ぬのだろう。だから、いつもよりも普遍的なものが一層色づいて見えてる。死ぬ間際に、焼き付けておきたくて必死だ。

「何か思い残すことある?長い付き合いだし、それくらいは許してあげる」
「……そしたら死ねなくなる」
「何?」
「イルミに愛されたい」
「うん、わかった」
「わかってないよ。一生だもん」
「わかったよ」
「本当?」
「うん。愛してあげる」

心の底から震えるとはこういうことか。それが嘘でも構わない。その言葉があれば、形になれば、思い残すことはないのだから。

ガチャンと、グラスの倒れる音がした。白のテーブルクロスがみるみる赤に染まっていく。より鮮明なその色に魅入っていると、黒の瞳がわたしの目に映し出された。

わたしの好きな色が最期に見れたこの人生に悔いなどはない。

薄い唇がわたしに噛み付いて離れなくなる。表情を崩さない彼からは想像もつかない熱い舌が絡まってきた。

たぶん、そして、殺される。

盗られるわたしの心臓。痛みよりもこの熱に身を任せていたいのに、じわじわと思い通りにいかなくなる。でも彼のその舌を味わいたい、最期まで。

うっすら片目を開けると、彼の手に握られたわたしが弾けた。そして、わたしは死んだ。最期はあっけなく、それでいて眩しいものだった。




「カメラ……」

床に投げ棄てた女の右手に、彼女のカメラが落ちていた。拾い上げると一枚の写真がそれからはらり、落ちていく。

だんだんと形が現れるその写真には、最期が写されていた。名のある殺し屋のあっけない死だった。なんとなく裏を見ると赤く滲んだ字が浮き出ていた。


(わたしの永遠をイルミに捧ぐ)

「らしくない」

イルミはベッドの横に備え付けられていたキャンドルに火を灯した。それに写真を近付けると、だんだんと焦げてなくなっていく。あと少しというところで、

「燃やさなくてもいいのに」

耳元で囁かれた声。歪んだ顔はほんの一瞬でいつもの能面に戻った。心のない声は「何してるの?」その一言で、あとは首を傾げるだけだった。

「能力の有効活用」
「ふーん」
「また愛してよね、イルミ?」
「あと何回殺せばいいの?」
「あなたが死ぬまでずっと」
「そう」


ピリオドの先送り
(これもシナリオ通りの結末)





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