03
五感を奪われる、とはどうやらこのことらしい。目は綺麗な男を捉え、耳は彼の放つ言葉を聞き、鼻は一瞬戸惑いながらも血の匂いを嗅ぎ分け、開け放した口内に空気が入り、舌先が痺れ、触れられた手首が熱を持つ。
「誰?」
言葉を失った。代わりに汗が流れる。ミルキという次男の部屋から逃げ出して、ほんの数分の出来事だった。「イル兄、ソイツそのまま捕まえておいて!」後方から聞き覚えのある声がする。一刻も早く逃げ出したいのに、その真っ黒な瞳がわたしを射抜く間、体の自由が利かなかった。
「これ、どうするの?」
兄……ということは長男で間違いないのだろう。しかし容姿がここまでかけ離れていると、色々疑ってしまう。唯一、同じ色の髪の毛が揺れるのを見て兄弟かとも思ったが、それ以外に共通点を見出せずにいた。そんな事している場合じゃないのに。殺されてしまうかもしれないのに。この男があまりにも美しくて、生死への感覚を鈍らせる。
「専用のメイド」
「使えないよ。学校出てないし」
「別に部屋で着せ替えさせるだけだし」
「ふーん」
興味のなさそうな、詰まらなそうな声を上げ、男はわたしの手首からその手を離した。「でも2人には話してないんだろ? どうせすぐ死ぬんだし、オレに貸してよ」抑揚のない声でそんな事を言うので、体が跳ねた。――死ぬ? すぐに死ぬって?
「丁度良かった」
次男はぐっと唇を噛みしめて、「わかったよ」と小さく返事をする。どうやら長男には逆らえないらしい。男はまた、先ほど同様にわたしの手首を掴むと、廊下を突き進む。その後ろ姿は、やはり目を奪われるほどに美しかった。どうせ殺されるならこの男が良い、そう思ってしまう程に。滑らかな肌は陶器のようで、女でないということが不思議でもあった。しかし、意外にも骨ばった指がぐっと手首に食い込むので、そのアンバランスさに頭がついていかない。
「あそこにいるのが3番目のキルア」
大きな窓枠の向こうを指さす。その先には太い幹があり、覆い繁る葉が影となっていたが、目を凝らすと男の子が見えた。透き通るような銀髪が、葉と葉の間から漏れる太陽の光に照らされて、輝いている。――あの子は、黒じゃないんだ。
「懐かれて欲しい」
「懐かれる?」
「アイツ変わってるんだ。友達が欲しいとか、外の世界に行きたいとか」
「変わってる? それって年頃の子なら普通じゃ……」
「ゾルディック家は暗殺一家。人を殺すのに友達なんている?」
黒く大きな瞳にわたしが映し出される。息が、苦しい。圧倒的な差。逆らえば、いとも容易く殺されてしまう、そう本能が悟った。
「どうする? オレの所に来るか、アイツの所でメイドするか」
選ばせてあげるよ、と彼は言った。「あ、でもアイツ変な性癖あるよ。コスプレでセックスとか好きなら、いいんじゃない?」あっけらかんとそう言いのけるものだから、気の抜けた声が出た。
「へ……? い、嫌です。嫌です!」
すぐさま否定すると、そう。と小さく頷き、「なら決まり。命令違反したら殺す。オレの言うことだけ聞いていればいい」とわたしを見て、無表情のままにそう言う。
「わかりました。えっと……」
「イルミ。別に畏まらなくてもいい。よろしく。じゃ」
長い髪が靡いた。この場を去るその瞬間まで、彼はとても綺麗だった。彼が遠退いたのを確認してから、ようやく窓の外を仰いだ。雲1つない天気なのに、心は一層落ち着かない。
親愛なる獲物
▼ 内容は変わらずに文章を加え、わかりやすくしてみました。
Material from HADASHI / Design from DREW / Witten by 腎臓からレニン / 2014.05.18 修正