macaron momen | ナノ

01

 「お姉さん」と声を掛けられたのは、大通りの外れに面した小さな花屋の前だった。通りがかりに、ふわりと香る花の匂いに釣られて足を止めた。昔はバラといえば、赤やピンクだと思っていたが、今では橙や白など、一瞬何の花か疑うくらいに綺麗な色を付けていた。花屋の店主は、ふっくらとした50代くらいの女性だったので、若い男の声で「お姉さん」と呼ばれ、つい首を傾げた。恐る恐る振り返ると、平均よりは低目であろう身長の男性が立っている。

「はい?」

 知り合いではなかったので、声も上擦り気味で。下から上まで控えめに見れば、害のなさそうな、それでいて記憶にはあまり残らなそうな顔の青年だった。履き古したウォーキングシューズの紐は大分汚れているのに、手に持った一眼レフのカメラが異常に輝いている。レンズが太陽を反射して、光った。男はそのカメラを持ち上げ「写真、お願いしてもいいですか?」と控えめに言った。

 断る理由も見当たらず、2つ返事で承諾し手を伸ばせば「そうじゃなくて」と何故か困ったような表情を浮かべ、片手で首筋を掻いた。どういうことだろう、瞬きを数回し宙に浮いた手を元の位置へ降ろす。

「お姉さんを撮りたいんだ。駄目、かな」

 反射的に眉を顰めると、彼は早口に「死んだ彼女に似ているんだ、だから、お願いします」と頭を軽く下げた。少し経って、わたしを伺う彼の顔は至って真面目だったので、1枚だけならと小さく告げてみる。被写体になれる程、自分に自信がある訳でもなく、なんとなく恥ずかしい気もしたが、こんなに天気の良い日に綺麗な花を背にして撮られるのは悪くはないと思った。

 彼は少しだけ距離を取って、カメラを構える。シャッター音がして、「ありがとうございます」と小さなお礼を残し、足早に去って行った。こういう事もあるのか。わたしは経験したことのない事に少し戸惑いつつも、先ほどの花に手を伸ばす。柔らかく香っていた匂いが、一層強くなった。湿気が多いのだろうか、なら雨が降ってしまう。せっかくの天気なのに、と空を仰いで、家路を急いだ。

大通り
にて色づく日常


▼ 内容は変わらずに文章を加え、わかりやすくしてみました。
Material from HADASHI / Design from DREW / Witten by 腎臓からレニン / 2014.05.18 修正




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テーマ「人外ファンタジー」
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