へんなやつ | ナノ

 良かった、目が覚めたか。優しい表情の少年がわたしの額に手を当てた。大丈夫か、お前ずっと眠っててさ。変わった所はないか? 首を傾げて覗き込む。誰だろう、誰なのかわからないのに、とても胸が痛い。ズキズキ、ズキズキ、変な夢のせいかな。記憶がないなんて、そんな夢だった。そこはしっかりと思い出せるのに、わたしに笑いかけてくれる男の子の名前は出てこなかった。口を開いて、懸命に伝えようとするのに、声が出なくて涙が溢れた。

「大丈夫か? どこか、痛むのか?」

 ううん、違うの。身体は痛くない。頭は少しぼーっとするけど。胸が痛いのは、表面じゃない。心の問題だから。首をゆっくり横へ振る。顔にかかった髪の毛を彼は優しい手つきで払った。そうして、頬を伝う涙を親指で拭う。「痛くないのに、泣くんだな」どうして、悲しそうな顔するの? わたしが泣いているから?

「もう少し、寝てろよ。オレ、ここにいるからさ」

 そう言って、頭を撫でる。「何、寝れない? 歌でも歌う?」いや、冗談だよ。目瞑ったらすぐ眠くなるさ、ホラ。――うん、本当だ。とても、眠い。



「やあ、さっき振りだね」

 さっきの夢で見た彼らが、頭を振っている。挨拶、なんだろうか。「覚えてる? くろ、あお、あかだよ。君が名づけた」わたしは一度小さく頷く。どうせこれも夢に違いない。

「君はあまくておいしい記憶の中に、しょっぱいのと苦いのといっぱい混ぜて生きていた。ねえ、思い出したい? 苦いのとしょっぱいのは良い事ではなかったはずだ」
「にがいのいやー!」
「しょっぱいのいやだ」

 そっか。記憶喪失ってる下りだった。「記憶がないよりは、あった方が」本心を伝えると、ふむふむ、そうか。と彼らは頷く。「なら、僕達は一生懸命手伝うよ」甘いのも苦いのも、全部取り戻す為に、君の大事な記憶を取り戻すために。

「大事な記憶……」
「でも君はソレを奥深くに沈めていた。ふたをして、一生取り出さないようにかもしれない。その中身は甘くて、甘くて、優しいのに、涙の味がした」
「……涙?」

 わたしは、泣いたのかな。何で泣いたのかな。「さっきの彼は、知ってる?」唐突な質問に目を見開いてしまった。

「同級生、なんだって。手嶋純太くん。君が寝ている間もずっと付き添ってくれていたけど、何だか悲しそうだった」
「悲しそう?」
「うん……そこに関する記憶は、この2人が食べていたからよくわからないけど」

 あおとあかは「バイバイ、バイバイ」と手を振っている。「……元カレ、とかそういうことなのかな」ふと思って口にすると、くろは「ああ!」と納得がいったように声を出す。

「あ、起きて。どうやら彼が泣いているみたい」
「泣いてる?」

 彼らの姿が遠のく。変な夢。わたしの意識はしっかりあるなんて。目を開けると、ぼんやりとした視界に彼の顔が映った。「……泣いてるの?」掠れた声が出た。本当だ、夢でくろが言ってたっけ。「泣いてるの、純太」無意識に彼の名前を口にしてしまった。純太は目を見開いて、それから袖で涙を拭う。

「泣いてない、あくびだよ」
「……うん」
「何か飲むか? 持ってくる」

 そう言って純太はわたしの側から離れていった。目を閉じる「1,2,3」カウントすると彼らは現れる。ねえ、これも夢? 夢なのかな。でもどうしてこんなに、苦しいんだろう。


\君が取り戻すのは、苦しい記憶なのかな/



 苦しいよ、コッチ向いてよ、離れていかないでよ、置いていかないでよ。そんな感情ばかりが渦巻いている。ねえ、わたしの名前呼んで、抱きしめて欲しい。

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