へんなやつ | ナノ

 目を開けるとパチリ、誰かと目が合った。目だけが見えた。それ程までに距離が近く、思わず悲鳴をあげそうになる。口が少し開いて、しかしそこから悲鳴は上がらない。何、何、どういうこと? ただでさえ、変な夢を見ていたというのに、目が覚めたら知らない人がわたしにキスをしている。何だソレ、一体どういうことなんだろう。息が苦しい、力の入らない手で相手の身体を押してみる、がビクともしない。それどころかその手を強い力で掴まれてしまった。顔を逸らしたら丁寧についてくる。バカじゃねェの、そう聞こえた。反論しようとした瞬間に、ぬるりと舌が侵入してきた。誰か夢だと言って、あの自称妖精達もこの状況も夢だということで片付けたい。噛み付かれるような、荒々しいものだった。なに、何なのコイツ。「起きるのが遅ェよ、バァカ!」離れて、わたしが大きく息を吸うと、すかさず罵声。

「……知らない人にバカって言われた! なんかキ、キ、キスされた! 助けて、誰か助けて」

 思わず本音を口走り、辺りも確認せずに暴れる。腕に少し痛みが走って、そちらに視線をやれば点滴の針が抜けていた。「何言ってんだ、ったく点滴外れるくらい暴れンな」いやいや、お前のせいだよ変態。

「えっと……いや、どちら様ですか。変態さんですか」
「起きて早々冗談とはいい度胸じゃナァイ」

 こわっ! 睨まれた、コイツなに、ヤンキー? わたし何か弱みでも握られてるの? 彼氏だとしたら相当趣味悪いよ、記憶喪失前のわたし!

「医者呼んでくるから黙ってろ、さっきの言葉忘れンじゃねェぞ」

 ……と、取りあえずいなくなった。一安心。いやいや、1つも安心できない。そういえば、あの物体なんて言ってたっけ? 困ったら目を閉じて「1,2,3」「やあ、とんだ災難だったね」――どうしよう、目の前に現れたわ。妖精ってやつ。不細工だけど、本当に疑うけど。

「彼の名前は、荒北靖友。君の彼氏さ」
「…………は?」
「随分と大事にされているみたいだね、そこんとこの記憶を食べたのは僕だから安心して。ちょっといかがわしい雰囲気のもあったけど、君は懸命に拒み続けている模様」

 なんか、うん。そう、この気持ちはなんていうのかな。とりあえず、にやけないでね、くろいの。警察呼ぶよ?

「いやあ、こんなのあおとあかには見せられないよ、なんていうか、ごめん睨まないでーーー!」

 布団に潜り込んで震えるくろ。状況が理解出来ずにはしゃぐあおとあか。「おねえちゃん、ちゅーしてたー!」「ちゅー、ちゅー!」やめて、本当にやめて。穴があったら入りたいって、こういうことなのかしら。

「君の名前は佐倉結衣。どうやら高校生で、荒北くんとは幼馴染。といっても、その関係よりももっと深……うん、怒らないで? 無意識でも、いつもと同じようなやり取りだから愛の力なんだろうねえ。でも、きっと、僕達はとっても大事なものを食べてしまっている。その記憶の欠片はまだ消滅していない。期限は1週間。それを越えると思い出せなくなってしまうんだ」
「な、なにそれ、どうすればいいの?」

 くろはそうだなあ顎に手をあてる。それこそドラマのように、俳優さんがやっていればきまるようなポーズを不細工なくせにやっている辺り、妖精ではないと思う。ファンタジーでよく見る妖精さんはキラキラして綺麗だもん。コイツ等、もっさい。ほんと、もっさい。

「記憶は色んな方法で蘇る。似たような経験、また場所場所でその時の思い出がフラッシュバックすることもある。言葉から感化されることもあるし……あ、戻ってきたみたいだね。一旦、サラバだ!」
「え、ちょ、ちょっと、あ!」

 無責任な! 元はと言えば3匹がわたしの記憶食べたのが悪いんじゃん。巻き込まれてるじゃん。本当に迷惑極まりないんだけど。「佐倉さん、点滴外れたんだって?」来たのは看護師さんだった。「ごめんなさいね、先生は手が離せなくって。後で状態を見に来るわ。でも、元気そうで良かった」……とっても元気です。記憶がない以外は。

「検査して大丈夫なら家に戻れるってヨ」
「あ、ありがとう」

 お礼を言えば、荒北靖友というわたしの彼氏はソッポを向いて「別に」と口に出す。意外と面倒見が良いというのか、態度はあんなんだけど愛されているのかもしれない。病み上がり(なのかはよくわからないけど、入院してたし何処かは悪かったんだろう)にキスするのは、配慮に欠けるけど。「はい、じゃあもう暴れちゃだめよ」と、いつの間にか痛みもなく点滴の針が刺さっていた。看護師さんの後ろをついて「あ、そういえば」と荒北靖友も付いていく。

「くろあおあか」
「そこは、目を瞑って1,2,3だよ」
「来てるじゃん」
「なんかそういう呪文みたいなのって大事だと思うんだよね」

 形式っていうのはさー云々と語り出されても困る。「わたし、何を忘れたのかな」本心を突きつけると、今度はアチラが困ったというようにしょぼくれた。

「そこを食べたのはあお、だね」
「スキキライスキキライ」
「……この通り、あおにはこれしか言えないんだ」

 スキ? キライ? 花びら千切ってやる占いみたいなの? ううん、わからない。どうしよう、全然思い出せない。「……怖い、な」記憶がないなんて。誰を信じていいかもわからない。今まで積み上げてきたものが一気に崩れ去った。きっとそういう事。

「僕達も一生懸命、情報探るから」
「……うん」

 腕から伸びた細い管。途中でポタ、ポタと落ちる液体。その先のパックは透明で、いつか熱が上がって入院した時の点滴と同じような気がする。わたしはどれくらい寝ていた? 何で入院したの? 1人が寂しくて、先ほどの彼の帰りを待つ他になかった。

\無意識に想うなんて、愛だねえ/



少なくとも彼は、わたしの事が好きなんだろうから。

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